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12 すれ違う心
その翌日は大学に行かないといけない日だったが、真介が学校に二人して感染症に罹ったと嘘をつき、数日間この生活を送ることになった。
「真介」
昼頃、やっと扉を開けてもらえたかと思うと、真介の表情は暗く沈んでいて、無言のまま俺に盆に乗せた食料を差し出した。
「真介、あのさ、仮に塩原がそんなことを言ってきても、俺は――んぅっ」
真介を選ぶから、と告げようとしたが、当の本人に口付けられて口にできなくなった。
「んぅ……ンん……っ」
いつにも増して激しいキスで、終わった頃には頭が痺れてぼうっとしてしまった。
「お風呂、入っていいから」
「真介、話を聞いてくれ」
「聞きたくない」
「真介!俺は真介が好きだから!」
怒鳴るように告げると、真介は背中を向けたままぴたりと動きを止めた。
俺はそれに励まされて、思い切って背中に抱き着く。
真介の体がびくりと震え、回した手のひらから、真介の鼓動が物凄く速まっているのが伝わる。
いつもこんなに緊張してくれていたのかと、驚きと共に嬉しさを感じた瞬間、真介が低い声を出した。
「離せ」
「やだ」
かえってますます強く抱き締めたが、真介が強い力で俺の手を引き剥がした。
「っ……」
痛みに顔を顰めた俺を見て、真介は怖い顔をして言い放つ。
「あまり無防備だと、襲うぞ」
「えっ……う、わ……」
真介はいきなり俺を抱き上げると、ベッドの上に俺を横たわらせ、その上に覆い被さってくる。
「っ……」
真っ直ぐ貫くような視線を直視できずに逸らせば、真介は俺の両腕を一括りにして、強引に口付けてくる。
「ん、んぅ……」
キスはいつも強引だが、こんなふうにされたのは初めてで、怖いやらドキドキし過ぎるやらでどうすればいいか分からない。
キス以上は真介どころか、塩原とも未経験で、無意識に腰が逃げた。
「怖いか」
「怖く、なんか……」
「嘘つけ」
真介は強く目を閉じている俺の瞼にそっと口付けを落とすと、囁いた。
「俺のこと、嫌いになれ」
「えっ?ぁっ」
首筋に食らいつくようなキスが降ってきて、背中が戦慄く。
「っ、ぁっ、……ぅ」
幾度も吸われて変な声を上げそうになるのを必死で堪えていると、真介が泣きそうな声を出した。
「このまま襲うから、嫌いになれ」
真介の手が、俺の服にかかった瞬間、俺はその手に手を重ねて首を振った。
「凌平……?」
「嫌いになんか、ならないよ。なれない。俺は真介が好きだから」
「っ……」
真介は息を呑み、唇を噛むと、俺の上から起き上がった。
「真介?」
真介は何も言わずに、俺にタオルを差し出す。
これでお風呂に入れということらしい。
俺は受け取ると、浴室へと向かう。
その後を真介がついてきて、まさか一緒に入るのかと身構えたが、真介は出入り口に座り込んだだけだった。
「そんなことしなくても、俺は出ていかないよ」
真介は俺の言葉には反応せず、浴室を顎でしゃくった。
見張っているから入れということらしい。
俺は何とも言えない心地で浴室に入ると、シャワーを浴びながら、ぼんやりと考えた。
まさに、嘘から出たまこととはこのことか。
どうにか、塩原に断りを入れて真介を安心させないといけないけれど、それには塩原とやり取りをする必要がある。
真介はそれを許容してくれるだろうか?
なかなか答えを出せずにいると、浴室の外で着信音が鳴り響いた。
ーー俺のスマートフォンだ。
ーーまさか。
慌てて出ようとしたのだが、真介が俺のスマートフォンを勝手に操作して切ってしまう。
「真介」
「数日、俺と二人きりで過ごしてくれ。その後は誰と連絡取ってもいいから」
「……分かった」
俺が頷くと、真介は俺のスマートフォンを持ったままどこかへ向かう。
明らかに異常事態だというのに、俺はただ、早く真介と仲直りすることだけを考えていた。
「真介、俺は塩原とよりを戻すつもりなんかないよ」
「……」
「心配なら、塩原の連絡先消すし、関わらないようにするから」
「……」
何度もこの言葉を繰り返すが、真介からの反応はなかった。
ただ、何かをずっと考えている。
きっと、ここまでしたのはいいけど、その先をどうすればいいのか分からなくなったのだろう。
迷子のようにも見える真介の頭を撫でようとすると、振り払われ、唇を奪われる。
全てが矛盾していた。
思えば、真介の俺への感情も、行動も、最初から全てちぐはぐで、愛し方を知らない幼子のようだった。
「真介」
「るさい」
「黙らないよ」
手を伸ばせば振り払われるけれど、俺は構わずにしつこく手を伸ばし続け、真介の頭を撫でようとした。
「触るな」
一際強く拒まれ、その反動で俺は壁で背中を打つ。
「つっ……」
真介は一瞬、すまなそうな顔をしたが、その直後には表情を掻き消した。
俺は悲しかった。
何でこんなに信じてもらえないんだろう。
確かに、塩原がよりを戻すと言ってきたのも、嘘から出たまことで本当になってしまったし、影鷹といい、土田といい、いろんな相手に好かれてきた場面を真介は見ている。
けれど、塩原の時はともかく、以降はちゃんと真介のことが一番好きになったというのに、真介は疑心暗鬼になるばかりだ。
俺の伝え方が悪いせいなんだろうか?
どうしたらーー。
その時、静寂に包まれていた室内に着信音が鳴り響く。
俺のスマートフォンだ。
真介は当然のように俺のスマートフォンを操作して、呟いた。
「塩原から2件、影鷹から3件、土田から1件」
「何の数?」
「電話」
「え、そんなに」
「凌平は、本当に好かれてるなあ」
真介は寂しげに笑う。
「何言ってるんだよ。真介だって、最近は大学の皆ーー特に女に好かれてるだろ?真介ももっと周りと関わろうとすれば……」
「俺はいいんだよ。周りに気を遣って、好かれるように振る舞うのは面倒くさいし、できないから」
「真介……なんで、そう思うようになったんだ?」
「……理由はない」
「嘘だ」
真介の瞳に、仄暗い色が浮かんでいる。
絶対何かがあって、そうさせていると確信があったが、真介は頑なだった。
そうしている間にも、さらなる着信があった。
音を消すこともできるはずなのに、真介はわざと出していて、俺に他の人間の存在を感じさせ、連絡が取れないもどかしさを味わわせようとしている。
俺がまんまとその策略に乗って、真介に媚びへつらえば、真介は満足するのだろうか?
いや、答えはきっと。
「真介、本当に数日で俺を解放なんてできるのか?」
真介が、ぼんやりとした顔で俺を見る。
俺は真介に向かって、両手を差し出した。
「……?」
「手、縛りたいなら縛って。足でもいいよ。何なら、目隠しでもいいし」
「何言ってるんだ、お前。頭おかしくなったか?」
今更な台詞に、俺は思わず笑いそうになる。
「その方が安心するはずだから、やってみたらいいよ。あ、ただし、ちゃんとご飯とか、トイレとかは」
「そこまでするのはさすがに俺も……」
「いいから」
俺が強く言うと、真介は根負けしたようにのそのそと動き始める。
おかしな状況に拍車をかけている自覚は十分にあったが、俺は俺で、これでも真剣だった。
真介に信じてもらえるなら、また元のような関係に戻れるなら、何でもしようと思っていた。
たとえしばらく、奇妙な生活をすることになろうとも。
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