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13 真介の秘密

「ーーああ、上手くいった。礼はする。……それは駄目だ。あいつは俺のものだ」  深夜、ふっと目を覚ますと、ドアの向こうから明かりが漏れていて、微かに真介の声がしている。  誰と電話してるんだろう?  と思ううちにも、電話は終わって真介が戻ってくる。  さっきの会話は聞いてはいけない内容だった気がして、寝たふりを決め込むと、真介は俺の頭を撫でながら呟いた。 「全部知ったら、お前は俺を恨むだろうな。いっそ、俺と同じくらいに愛して、憎んで、執着してくれたら……」  どういう意味?と聞きたくても、なぜか聞けない。  されるがままになっていると、やがて真介は撫でるのをやめて、目隠しして縛られた状態の俺を抱きくるむ。  心地いい温もりに安堵して、真介の心音に耳を澄ませているうちに、するりと夢の中へ落ちていった。 「朝だ。朝食、食べるか?」  目隠しのせいで時間が分からない俺に、真介はそう囁いた。  視覚情報がないと、音に敏感になる。  俺は真介の声で全身をくすぐられたような感覚になり、もぞもぞと腰を動かしながら頷いた。 「食べる」 「……食べる時ぐらい、取ろうか」 「じゃあ、目だけ。真介の顔が見えないのは、悲しい」 「……お前、それわざと言ってる?」 「え?」  真介は溜息をつきながら、目につけられていたタオルを取ってくれた。  急に視界が明るくなって、眩しさに目を眇めながら真介を見れば、困ったような顔をしている。 「どうしたの」 「無自覚が一番強いな」  真介は笑い、俺の手を縛ったタオルも解こうとしてくる。 「待って」 「解かないと、食べられないだろ」 「それはそうだけど……」 「むしろ凌平は縛られる趣味でもあるのか?」  若干引きながら言われ、心外だと俺は口を尖らせる。 「そうじゃないよ。真介が、俺が他の誰のものでもないと分かったら、信用してくれるんじゃないかと思っただけ」 「……凌平が他と交友関係絶たない限り無理だろうから、それは意味ないな」  恐ろしいことを真顔で言われ、さすがの俺も言葉を失う。 「無理だろ?俺は、体の自由を奪いたいんじゃなくて、凌平の心の全てを奪いたいんだ」  俺の顔は青くなったり赤くなったり、さぞ忙しく変化しているだろう。  真介はそんな俺の心境を知ってか知らずか、縛り付けていたタオルや紐を全て解いて解放し、台所の方へと向かう。  方向性はおかしいが、真介から愛され過ぎるくらいに愛されていると実感してきた。  それはもちろん嬉しいが、真介はまだまだ何かを抱えていて、俺に明かすつもりがなさそうなことだけが引っかかっていた。 「真介、俺は真介のことが好きだよ」  何度も告げた台詞を繰り返すと、真介は曖昧に笑うばかりだ。  両想いのはずなのに、真介が遠いと感じて寂しくなる。  目に涙を浮かべながら、真介が作ってくれた綺麗な形の卵焼きを口に入れる。  美味しいのが、余計に涙を誘った。 「泣くほど美味いか」  俺は何も応えずに黙々と食べ、食べながら涙を流す。  真介は何かを感じただろうに、何も言わなかった。  食事の音ばかりが場を満たす中で、インターホンが鳴った。  真介は訪問者を確認すると、嫌そうな顔をした。 「誰?」 「姉だ。義理だけどな」  真介なそう言い置くと、玄関の方へと向かう。  姉がいたとは初耳だ。  いや、そもそも真介の家族について一切知らないことに今更気がついた。  訊こうとしたことはあるが、真介が話題を逸らしたため、訊かれたくないことだと察して、以後は話題に出さないようにしてきた。  けれど、そのお姉さんに会えば何かが分かるかもしれない。  俺は玄関口でのやり取りに耳を澄ませた。 「例の件だけど、あんた、やっぱりあそこまでしたのはまずいんじゃ……」 「だとしても、あんたに言われる筋合いはないな」 「まだ私たちのこと、受け入れられない?」 「当たり前だ。俺はあんたたちに一度、ーーだからな」  大事な部分が、その時に横切った車の音で掻き消される。 「だとしても、もう加担はできないからね」 「分かってる。他に当てがある」 「まだするつもりなの?訴えられたら終わりよ」 「あんたに正論を説かれても全く響かないな」  真介の姉が何事か言う声がしたが、扉が閉められたのか、続きは聞こえなくなった。  俺は先ほどまで抱いていた感情を忘れ、言いようのない不安を覚えた。 「真介、お前何を隠しているんだ?」  戻ってきた真介に問いかけると、真介は笑う。  時折見たことのある昏い感情を宿した目をしている。 「お前は知る必要はない。一生な」  ここまで堕ちてこいよ、と深淵の淵まで誘い込まれた気がして、俺は忘れていた恐怖が蘇ると共に、甘美な欲望が背中を走り抜けるのを感じて身震いした。  ーーお前は知る必要はない。  と言われたけれど、そう言われると気になるのが人間の性というやつで。  俺は真介が隠している秘密を知る術がないかと、部屋の中をくまなく探し始める。  真介は今、入浴中だ。いつも30分ぐらいで上がる。  二人分のスマートフォンはビニールにでも入れて風呂場に持ち込んでいるのだろう。どこにもない。  今の時代、個人情報のほとんどはスマートフォンにあると言っても過言ではない。  真介は日記を書くような人間ではないため、他に何か、と見回した時に目についたのは、真介のパソコンだ。  俺は生唾を飲み、真介のパソコンを立ち上げる。  パスワードが設定されていた。  俺は真介の好きなものから、誕生日、食べ物などを試したが、ハズレだった。 「そりゃ、そう簡単にはいかないよな」  俺は苦笑し、ふと自分の名前を入れてみた。  すると。 「え、マジで?」  あっさり解除され、俺は目的も忘れて気恥ずかしくなる。 「真介、本当に俺のこと好きだよな」  顔が火照るのを感じながら、デスクトップを見たが、そこには特に気になるものはなかった。  なんだ、期待して損したな。  と思い、真介が上がる前にパソコンを閉じかけたのだが、ふいに思いついて、インターネットを立ち上げる。  検索履歴。  最近のパソコンは、スマートフォンと連動しているものが多い。  何なら、メールだって見れたりする。  先にメールボックスを開いたが、真介は特に使用している形跡がなかった。  落胆し、最後の望みをかけて検索履歴を見た俺は……。 「何やってるんだ」  背後から響いた低い声に心臓が握られたかと思うほど戦慄する。 「い、いや。ちょっと調べもの……んぅっ」  弁解する隙も与えず、真介は俺の唇を塞ぐと、舌先を口腔に押し込んできた。  耳につくような水音が立ち、背中を戦慄かせていると、真介の手がシャツの中に潜り込み、俺の背中をゆっくりとなぞった。 「凌平、お前、俺に犯されたいの?」 「えっ……な、に……ンっ」  真介の言葉の意味が分からない。  いや、犯すという言葉は分かるが、なぜ俺がパソコンを覗いたことでそうなるのか分からない。  真介の検索履歴が、「人を惚れさせる方法」だったのが、よほど恥ずかしかったのか? 「しん……」 「俺のこと、そんなに知りたい?」 「知りたい」  真っ直ぐ目を見てはっきりと答えると、真介は怖気づいたように目を逸らした。 「真介、俺はお前が好きだよ」  何度目かも分からない好意を伝えた。  真介は喜んでくれると思ったのに、なぜかくしゃりと顔を歪めて、両手で顔を覆う。  何が真介を苦しめているのか分からないが、俺はそうしなければならないと感じて、真介の背中に手を回し、撫で続けた。

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