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14 近づく影
真介と感染症と偽って休んでいた期間は5日間で、日常はすぐに戻ってきた。
けれど、それを以前と同じ日常と言っていいのかは、分からないところがある。
返されたスマートフォンは動作が重く、真介が何かしら監視アプリでも入れたのだろうことはすぐに分かるし、常に誰かとのやり取りや交友関係を見張られていると感じる。
普通ならばすぐに音を上げて別れるなり誰かに相談するなり対処するのだろうが、俺も俺で相当認知が歪んだのか、真介のこの執着を受け入れてしまっている。
『赤池君、成瀬君はヤバい人だから別れたほうがいいよ。だってーー』
スマートフォンを返してもらってすぐに、塩原からメッセージを受信した。
俺は返信をしようとしたけれど、そのタイミングでスマートフォンの充電が切れる。
またこれだ。
真介が入れたアプリの影響に違いないが、充電が切れるのも異様に早くなった。
塩原の言葉は気になるが、塩原だけでなく、影鷹やあの土田まで同様のメッセージを送りつけてきていて、肝心なことを伝えてこようとした途端にスマートフォンが落ちたり、真介から電話がかかってくるため、もう続きを聞くことは諦めている。
「真介が待ってるし、早く帰らないとな」
いつも帰り道は一緒に帰りたがるくせに、なぜか今日に限っては用があると言って真介はどこかに寄り道している。
全く、俺のことは縛るくせに自分は自由にしてるんだよな、とぶつぶつ文句を垂れていると、ふいに視線を感じた。
「真介?」
俺は真介が悪ふざけでもしているのかと思い、呆れながら背後を振り返る。
だが、そこには点滅する街灯があるだけだった。
街灯から見えない闇の中に誰かがいる気がして、俺は後退りする。
その時、猫の鳴き声がして、ちょうどその街灯の影から飛び出してきた。
「俺、ビビりすぎだろ」
笑いながら、擦り寄ってくる猫に手を伸ばした俺は、ふとその猫の首輪に何か紙切れが括り付けられていることに気がつく。
「ん?何だこ……れ……」
そこには、『いつもあなたを見ています』とあった。
ぎょっとして、俺はバランスを崩し、その場に尻餅をつく。
それに驚いた猫が生垣の向こうに逃げていき、後にはあの不気味な紙切れだけが残った。
俺は紙切れをその場に放り投げ、自宅の方へと全力で走る。
少しでも後ろを振り返れば、そのメッセージを書いた誰かを見てしまいそうで怖くて堪らなかった。
家に辿り着くと、真介はまだ帰っていなくて、明かりはついていない。
俺はガタガタ震えながら、急いで鍵穴に鍵を挿し込もうとするが、何度も失敗して取り落としてしまう。
「くそっ……」
舌打ちして拾い上げ、深呼吸してもう一度挿し込むと、今度こそ成功した。
俺はドアノブを回して中に入り、慌てて鍵を閉める。
モニターで外に誰かいないか確認するのさえ恐ろしく、部屋中のカーテンを閉めて回った。
戸締りも全て確認し終えると、リビングのソファで膝を抱えて丸くなる。
相手が真介なのと、そうでないのとでは大違いだ。
見知らぬ誰かに付け狙われることを考えると怖気が走る。
「真介、何でこんな時に限って遅いんだよ」
俺はスマートフォンでメッセージを打とうとして、充電が切れていることを思い出し、
急いで充電をし始める。
電源がつくまでの十数秒が果てしなく長く感じられた。
やっと画面が明るくなり、メッセージアプリを立ち上げると、すぐさま真介に電話をかける。
「真介、出ろよ。何でこんな時に出ないんだよ」
コール音が何度も鳴るばかりで、真介が出る兆しがない。
その時、インターホンが鳴った。
まさか。
家、特定された?
俺は恐ろしさのあまり、応答する勇気が出なかった。
真介、真介、真介!
何度も心の中で名前を呼び、ぎゅっと目を閉じた途端。
スマートフォンが鳴り響いた。
慌てて飛びつくと、真介からだった。
「真介!出るの遅いよ」
「悪い、スマホ店に置き忘れて。どうした?」
「誰かにつけられてるみたいなんだ。とにかく早く帰ってきて」
「分かった、すぐ帰る」
通話を切ろうとする真介を引き留める。
「ちょっと待って、切らないで」
「どうした」
「このまま、繋いでて。喋らなくていいから」
「分かった」
その時、電話越しに救急車の音がして、受話器をつけていない方の耳でも聞こえて反響する。
「あれ、真介もしかして近くにいる?」
「……ああ、まあ家の近くの店で寛いでたから」
「なんだ、そうか」
それを聞いてほっとすると同時に、かすかな違和感を覚えたが、すぐに真介が続けた台詞で霧散した。
「あと一分くらいで着く。じっとしてろよ」
「うん!」
真介の声を聞くだけで恐怖心はほとんどなくなってきていたが、その腕に抱かれたらもっと綺麗に忘れてしまえるはずだ。
その後、俺は時間通りに現れた真介の腕の中へ飛び込んだ。
「いつもあなたを見ています?」
俺の話を聞いた真介は、不快そうに顔を顰めた。
「そう。もう気持ち悪くてさ」
「俺の方が見てるってのに」
「なに、不審者に対抗心燃やしてるんだよ」
可笑しいような、嬉しいような心地で笑えば、真介も笑う。
「とにかく、また何かあったら俺に相談しろよ。犯人を特定して塩原の時みたいに撃退するから」
「うん」
実績があるとより頼りがいが出てくる。
俺は真介がいれば大丈夫だと信じて、この件は気にしないように努めることにしたのだったが、考えが甘かったことを思い知ることになる。
その翌日、大学で講義を受けていると、メッセージを受信した。
塩原からだった。
『話があるから、このカフェで』
具体的な内容までは書かれておらず、ただカフェの地図がぽつりと添付されていた。
よりを戻したい。
成瀬君からは離れた方がいい。
塩原はその一点張りだったため、またその話だろうと思った。
正直なところ、今は真介のことしか眼中にないため、よりを戻すつもりはないが、塩原から真介の秘密を聞き出せそうな気がしている。
俺は塩原に了承を伝えて、講義へと意識を戻す。
隣から真介の視線を感じて振り向けば、真介が物言いたげに俺を見ていた。
「塩原がしつこいから、はっきり断りを入れてこようと思って」
小声で伝えると、真介は納得したか分からないが、視線を黒板の方へと戻した。
実は俺は内心、少しばかり悪戯心もあった。
真介に塩原と会うことを伝えたら、嫉妬してくれるんじゃないかと。
だが実際は、思ったような反応が見られず、がっかりした。
未だに真介のことが分からない。
俺を閉じ込めたり、監視したりするくらいに束縛してくるくせに、時々興味がないように素っ気なくなる。
そういえば、土田に誘われた時も……。
思い出しかけた時、講義が終わって皆席を立ち始める。
俺は今思い至ったことを再度考えようとするが、真介が席を立って講義室を出ようとしているのを見て慌てて後を追ううちに忘れていった。
塩原が指定したのは、その日の夜7時だった。
俺は添付された地図を頼りに、隠れ家のようなレストランに辿り着く。
歩いている最中は特につけられていそうな感じはしなかったが、念のため周囲を見回して中へ入る。
からん、と耳障りのいいドアベルが鳴り、静かなジャズが流れている店内に足を踏み入れると、店員が笑顔で声をかけてきた。
「あ、友達と約束してるんです。えっと……」
見回したが、塩原の姿はどこにもなかった。
時刻はぴったり7時だが、何か準備に手間取っているのかもしれない。
店員に、もう一人が後で来ることを伝えて奥の席に座ろうとした時、ふと一番端の席に座る怪しげな出で立ちをした人物に目が留まる。
目深に被ったフードに、マスクをしているせいか、人相がまるで分からない……。
俺はその人物にじっと見られているような気がして、冷や汗を浮かばせながら、素知らぬふりを装って椅子に座る。
気のせいだよな。
俺より先にいたんだし。
ストーカーならば、後に入って来る人物の方を怪しむべきだ。
俺は無理やり自分を納得させると、飲み物を頼んで塩原を待つことにした。
だが、いくら待っても塩原は現れなかった。
さすがにおかしい、何かあったんじゃないかと思い始めた瞬間、スマートフォンがメッセージを受信した。
塩原かと思ってそのメッセージを目にした俺は、目を見開いて動揺する。
俺の今の後ろ姿を撮った写真が添付されていた。
まさか、さっきの男が?
ぱっと振り返ると、あの男は変わらずそこにいて、マスクの下で笑っているような気がした。
俺は慌てて立ち上がり、会計を済ませると、逃げるように店を出る。
早足で自宅へと向かっていると、その男は後からついてきた。
やばい、やっぱりあの男がストーカーだったんだ。
俺は徐々にペースを上げ、駆け足で自宅まで帰ろうとしたが、一旦撒いたほうがいいかもしれないと思い直し、あえて大学の方へと向かう。
するとちょうど大学に着いたところで、背後の足音が消えた気がして振り向くと、男の姿は幻のように消え去っていた。
「なん、だったんだ……」
でも、ひとまず助かった、と息をついて、俺は真介に電話をかける。
「真介、出ろよ。なんでこんな時に限って出ないんだよ」
真介は何コールもかけたが、一向に出ず、諦めて自宅へと向かいかけた時にようやく折り返しかかってきた。
「真介」
「どうした、何があった」
「今大学の近く。さっきつけられてたから逃げたとこ。助けて」
「分かった、すぐ行く」
真介が数分後に現れた瞬間、俺は安堵のあまり泣きじゃくって真介に縋り付くように抱き着いた。
「もう、大丈夫だ」
「うん……」
自宅に帰り着き、落ち着いてきたタイミングで、真介は提案なんだけど、と口を開く。
「何?」
「位置情報共有アプリ使わないか?」
「位置情報?」
「ああ、すぐにお前のとこに駆け付けられるように」
「うん、そうだね。その方が安心するかも」
俺は快諾してスマートフォンを出す。
真介が設定してくれるのを見ながら、これで安心だ、と思う反面、何かが失われていく感覚を味わっていた。
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