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15 瓦解していく関係

 真介と位置情報を共有してから数日、嘘のようにあの不審人物からのストーカー行為は収まっていた。  俺は徐々に緊張感が緩んでいき、純粋に真介との同棲生活を堪能するようになったのだが、真介とデートの最中、それは起こった。 「ここ、いい店だな。わざわざ探してくれたのか?」 「もともと知ってたんだ」  真介は口元に微笑を浮かべながらそう答えるが、すぐに嘘だなと分かる。  高校の時から今まで、真介が俺以外の人間と交流しているところを見たことがなく、一人で来るような店ではないからだ。  真介と共に、名前も聞いたことのないような高級料理に舌鼓を打ち、いつもより静かに言葉を交わしていた時、スマートフォンが震えた。 「ごめん」  断りを入れてメッセージを見た俺は、思考が停止する。 「どうした?」  怪訝そうな顔をする真介に、メッセージの文面を見せた。 「美味しそうなもの食べてるね……」  内容を読み上げた真介は、ばっと周囲を警戒して見渡す。  俺も一緒に見回したが、それらしい人影はない。 「真介……」  俺は内心、犯人は真介ではないかと勘繰る気持ちも僅かにあったのだが、真介は目の前で両手を使って食事をしていて、スマートフォンを操作しているような隙はなかった。  疑っていた気持ちを心の中で謝り、縋るように真介を見る。 「食べたら早めに出るか」  と真介は言ってくれたが、コース料理のため当然ながら時間はかかる。  やっと会計まで終わらせた時には、緊張し過ぎていたせいで息が乱れ、ふらついたところを真介に支えられた。 「行こう」 「うん……」  俺は寄りかかりながら、頼れるのは真介だけだと思い、離すまいとして真介の服の裾をぎゅっと掴んだ。  その出来事を機に、ストーカー行為は悪化の一途を辿っていった。  俺は常に見張られているような感覚を抱くようになり、精神的に参っていく中で、必然的に真介に依存するようになる。 『真介、今どこ?』 『真介、何時に帰る?』 『真介、さっき話していたのは誰?』  真介、真介、真介……ーー。  気がつけば、常に真介のことを考え、口にして、メッセージや通話の履歴は真介で埋め尽くされる。  このままではいけない、真介に嫌われると恐れる気持ちもあったが、当の本人が俺のこの行動を享受して、むしろ喜んでいるのか笑顔を見せることが増えたせいで、拍車をかけていった。 「凌平、俺のこと好き?」 「うん、好き」 「じゃあ、ここでキスできる?」  大学の帰り道、真介は人目が十分にある公園のベンチで囁いてくる。 「え、ここで……?」  さすがに恥ずかしかったが、真介の熱っぽい目に強請られると断れなかった。  それに何より、俺としても真介との関係を今もどこかで見ているはずのストーカーに見せつけたいと思った。  俺は目を閉じ、ゆっくりと真介に顔を寄せていこうとした、その時だった。 「凌平君、駄目!」  突然、そんな声が響いたかと思うと、声の主が駆けつけてきて、俺を真介から引き剥がす。 「え?塩原……?」  呆然として、その声の主ーー塩原を見る。  塩原は息を乱しながら、真介を指差してきっぱりと言う。 「こんな危ない奴に関わったら駄目だよ」 「駄目って言われても……」  困惑気味に真介を見れば、真介は心底おかしげに嗤っている。 「塩原、俺は凌平と付き合って、一緒に住んでもいるんだ。たった1週間かそこらしか付き合わなかったお前とは違う」  その言葉に、塩原は激怒した。 「一体誰のせいでそうなったと思ってるの!?全部、あんたのせいでしょ!」 「え……?し、塩原?どういうこと?」  話についていけなかった。  塩原はあの時、男に付きまとわれていて、真介と二人で撃退したというのに、なぜか態度を激変させて別れを告げられた。  それなのに、真介のせいだとはどういうことだ? 「凌平君、まだ気づいてなかったの?こいつがね、あの時その状況を作り上げたのよ。電話で脅されたの。凌平君に近づいたらどうなっても知らないぞってね。機械音声だったけど、間違いない。あの後、つけてきていた男と、こいつが裏で話してるのを見たのよ」 「……本当、なのか?真介……」  俯いている真介に尋ねれば、真介は肩を震わせて笑い出す。 「真介、お前……」  俺は怒ることもできず、ただ笑い続ける真介を呆然と見ていた。  塩原が何事か真介に罵倒していたが、俺はまともに物を考えることもできなかった。  どんな事実を知ろうと、帰る場所は同じなわけで。  塩原と別れると、俺と真介はダイニングテーブルで向かい合って座っていた。  真介は先ほど笑っていたのが嘘のように表情を消し、黙りこくったせいか、室内には重苦しい沈黙が漂う。  俺は何度も唇を舐めた後に、ゆっくりと口を開いた。 「真介、さっきの話は本当なのか?」  俺の問いに対し、真介は意外なほど真っ直ぐな目つきで俺を見て、頷いた。 「本当だ」 「何で……そんなことを。やっぱり、俺が憎いのか?」 「そんなわけがないだろ。凌平のことは好きだよ。お前が思うより、ずっと前から」 「そう……なのか……」 「俺は、凌平が羨ましかった。尊敬もしていた。いつも笑顔で、皆に好かれてて、こんな嫌われ者の俺にさえ笑いかけてくれる。でも、だからこそ何としてでもお前が欲しかった。邪魔をする奴は、全員いなくなればいいと思った」 「それで、塩原のことを?」 「塩原だけじゃない。土田も利用した。影鷹はたまたま凌平にご執心だったわけだが、結果として利用することになったな」 「……」  俺は目眩を覚えた。  全て、真介の手の内で弄ばれ、操作されていたのだ。  じゃあ、俺のこの感情は、偽物なのか?  真介の顔を見る。  その目を見つめ返す。  そこには、不思議なくらいに悪意の欠片もないように見えて、でもそう思うのも真介の思惑通りだと思うと、何を信じればいいか分からなくなった。 「真介、ごめん。ちょっと、距離を置いて考えたい」  やっとのことで口にできたのはそんなありふれた言葉で、真介はその言葉に対し、何も答えなかった。  実家に帰るべく、荷物をまとめようと席を立ち、リビングから出たところで、真介のすすり泣く声を耳にした。  俺は振り返って、真介を抱き締めたい衝動に駆られたが、辛うじて残った理性で思い留まり、拳を強く握り締める。  気がつけば、俺の目からも、涙が伝っていた。

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