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16 真介の過去

 実家に帰る道すがら、ふと後方を振り返るが、そこには誰の気配も足音もなく、見守るように照らす月明かりがあるだけだった。  俺は空を見上げ、深く溜息をつく。  真介がしてきたことはまだ信じられないし、すぐに受け入れたり、許すことはできない。  だが、許さないこともまた、できないのも事実だった。 「高校の時からだぜ?そう簡単に、はい終わりなんてできねえよ」  俺は静かな住宅街で独りごちる。  思えば、最初は俺の方から真介に近づいた。  真介には尊敬してると言われたが、尊敬していたのはむしろ俺の方だった。  愛想笑いして、媚びへつらって、誰にも嫌われないよう、人に好かれるように振る舞うことしかできない俺からすれば、本当に自分に正直に生きる真介は眩しくて仕方なかったのだから。  なのに、一体何を間違えてしまったのだろう。  付き合った事自体が間違えだとは思いたくないが、俺が真介にマインドコントロールされてしまったのは事実で、真介がどうしてか常軌を逸した愛し方しかできないのもまた事実だ。 「真介は、なんであんなふうになってしまったんだろう……」  生来の考え方ならどうしようもないが、人の性格や考え方には生活環境が影響することが多い。  考え込みながら歩いていると、足元でちりん、と音がして、見下ろせば猫がいた。 「お前、あの時の猫か?」  腰を下ろして頭を撫でれば、かなり人馴れしているのか、気持ちよさげに目を細め、擦り寄ってきた。  荒んだ心が癒され、抱き上げようとしたが、猫はやめろと言わんばかりに俺の手から擦り抜けた。 「何も取って食わないって」  笑いながら猫を見送ろうとしたら、猫はなぜか立ち止まって俺の方を振り返って見ている。  ついて来いと言われている気がして、俺が不思議に思いながら猫の方へ足を踏み出すと、猫は何か目的地があるのか、ひたすらに前へ前へと歩き始めた。  そして、俺がちゃんとついて来ているか確かめるように、時折振り返る。 「ついて来てるよ」  俺は噴き出して、素直に猫の後を追う。  行き着く先は、どこでもよかった。  この現実を忘れられるなら。  やがて夢中になって猫を追っていくと、猫はある店の前で立ち止まる。 「え?ここ……」  その店は、土田が俺に薬を飲ませようとした店だった。  俺がどうしたものか、帰ったほうがいいよなと二の足を踏んでいると、ちょうどドアが開き、中から長身の女が出てきた。 「あ……」  女は俺を見ると、目を見開く。  俺は切れ上がった女の目を見て、真介の面影を感じた。 「あの、あなたはもしかして……」 「ああ、分かる?そう、真介の姉よ。あいつは訳あって、私のことは血が繋がらない義理の姉と言い張ってるけれどね」 「どういう意味ですか?」 「ここじゃなんだし、中へ入ったら?……あら」  そこで真介の姉は猫に気がつき、腰を屈めた。 「お前、また勝手に家を出たんだね。帰りなよ?」  猫は真介の姉に返事するように、にゃあと鳴いてどこかへ去って行った。 「あの猫は?」 「うちで飼ってる猫。しょっちゅういなくなるけどね。あ、そうだ。私は真琴。あなたは凌平君よね?」 「俺のこと、知ってるんですか」 「その話も中でね」  招かれるままに中へ入ると、この間とは違い、中はまばらに客がいるだけで、あからさまにキスし合うような客はいなかった。  そのことにほっと息をつけば、真琴は俺を見て意味深に笑う。 「ここはね、日によって違う顔をする店なの。それより、本題に入ろうか」  真琴はノンアルコールのカクテルを2つ頼むと、唐突に俺に頭を下げた。 「え?」 「ごめん。凌平君には、ずっと謝りたかった。ううん、本当は凌平君より前に、凌平君の元カノさんに謝らないといけなかったんだろうけど、連絡を取る術もないから」 「あの、話が見えないんですが……」 「そうだよね。実は真介に頼まれて、凌平君の元カノを付け回したのは私だったの」 「え!?あなたが?どうして」 「本当に悪いことをしたと思ってる。でも、そうするしかなかった。真介の頼みだったからというのもあるけど、罪滅ぼししたかったから」  真琴は店員が置いたカクテルに口をつけると、驚くべき話をし始めた。 「口減らしって知ってる?」 「あ、はい。貧しい家庭にいる親が子どもを養子に出したりすることですよね」 「そう。それは大抵大昔のこととして語られるけど、うちの場合は、私たちが子供の頃、そうするしかないくらいに貧しかったから、真介はそれで孤児院に入れられたの。言い方が悪いけど、捨てられたようなものね」  絶句した。  真介にそんな過去が……? 「でも、どうして。何かそうしないように支援機関とか……」 「父がある日突然、酷い難病に罹ってしまって、働けなくなったの。母は父を支えながら必死でやり繰りしていたんだけど、負担が大きすぎたんだろうね。心を病んじゃって。もともと学がないのもあったから、生活保護とかを頼る方法にも考えが至らなくて、真介を」 「でも、真琴さんは孤児院に入れられなかったんですよね?」 「そうね。私はもうその頃、孤児院に入れない年齢だったから。でもね、この話には続きがあるの。真介は孤児院に一旦は入れられたんだけど、そのことで母が親戚に酷く責め立てられて、結局、真介は連れ戻された。その時には母も生活保護とか、お金がない人を支援する機関について学んでいたから金銭面では何とかなったんだけど、真介の心にに負った傷までは元に戻らなかった。当然よね」 「……だから、真琴さんは真介のために?」 「ええ。あなたと彼女には本当に悪いことをしたとは思うけれど、真介のーー弟の、初めての頼みだったから。本当に、あなたの話をした時の真介の顔は、見たことないくらい生き生きしていて、輝いてた。今まで死んだような目をしていたのを知ってるから、私は間違っていると正論をかざして弟を諭すこともできなかった」  どう返せばいいか分からない俺に、真琴は微笑んだ。 「だからね、あの子を許してなんて言わないけれど、恨むなら私をより恨んで。あの子を助けてあげられなかった私を」  真琴はそれで話を締めくくると、カクテルを一気に煽り、お金をテーブルに置いて店から出て行った。  一人残された俺は、綺麗な色合いをしたカクテルを手に取り、ぼんやりと物思いに耽る。  俺はーー。  答えを出し兼ねてカクテルに口をつけた時、店のドアベルがちりんと鳴る。 「凌平……」  その声に視線を向けると、真介が呆然と立っていた。

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