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誰とでも寝るらしい
部室棟を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。キャンパス棟より古い部室棟は、シャワーの数が限られている。練習後はどうしても出るのが遅くなってしまうが、シャワーを浴びずに帰るという選択肢はない。
棟の外で、バスケ部の連中がたむろして雑談をしていた。中心には恵介先輩と……やけに目立つ小柄な金髪が立っていた。
俺の姿を見つけ、翔太が手招きをする。自然と足はそちらに向いた。
「これから飲みに行くけど、来るだろ?」
「あ、うん……」
反射的に頷いてしまった。だが翔太を見ているようで、俺は見ていなかった。視界の端にいる名前も知らない美しい人が気になって仕方がなかった。
表情はないものの、近くで見ると妖精ではなく人間だと分かる。気になったのは、色素の薄さだ。肌は滑らかで白く、瞳が薄めた紅茶のような独特の色彩を持っていた。
彼は恵介先輩にぴたりと寄り添っている。
「夏樹、お前も来るか?」
こくん、と彼は小さく頷いた。このやり取りで分かってしまった。
翔太の言っていた“恵介先輩の恋人”は、この人なんだ、とーー。
どこの居酒屋に行くかだけ決めて、各々移動を始めた。俺は自転車で通学しているので、一度アパートに自転車を置いてこないといけない。徒歩組とは反対方向に向かって歩き出す。
軽く振り返ると、あの紅茶色の瞳が俺を眺めていた。
大学の最寄り駅前にある居酒屋は、学生たちで溢れていた。店内に入ると、俺と対して歳の変わらない店員が威勢の良い声で出迎える。座敷席からバスケ部御一行様が手招きをする。やけに人数が多い。卓球部が合流したのだろう。
靴を脱いで通路側の端に座る。隣には翔太がいる。少し斜めの壁際に恵介先輩と、その恋人が座っていた。
人数分の飲み放題を注文し「とりあえず生」で酒盛りがスタート。つまみは誰かが勝手に注文していく、俺たちお馴染みのスタイルだ。冷えたビールを喉に流し込む。成人して覚えた酒の味だ。ようやくこの苦味を美味しいと思えるようになった。
「こいつ、稲葉夏樹。声かけたら練習見にきてくれたんだよ」
恵介先輩の声がした。目だけがそちらに向いてしまう。金髪ーー夏樹さんは大人しくビールを飲んでいた。
「へぇ、稲葉さん。何学部なんすか?」
「芸術学部。油絵専攻。三年」
喧騒の中でかろうじて聞こえた声は、少しぶっきらぼうだった。
芸術学部ーーやっぱりな。俺や恵介先輩の学部ではないとは思っていたが、芸術学部と聞いてしっくりきた。俺たちのいる教育学部には、絶対にいないタイプだ。
二杯目のビールを頼んでお通しに手を付ける。翔太がニヤニヤと覗き込んできた。
「おい勇斗。あの人すごくね?」
「何がだよ」
「恵介先輩の……夏樹さんだっけ?めちゃくちゃ綺麗じゃね?」
分かりやすいチャラさを全開にして、翔太はチラチラと夏樹さんを見ていた。
「恵介先輩の恋人が男だったとはなぁ。でも、あんだけ美人なら男も女もねーわな。性別超越してるよ」
確かに、その通りだ。中性的とも言えるが、どちらかと言うと性別を超越した存在にも見える。妖精……と形容してもいい。
届けられた二杯目のビールに口をつける。翔太はレモンサワーを飲み干した。
「噂には聞いたことあったけど、実物はやっぱすげぇな」
「……噂?」
「夏樹さんの噂。聞いたことない?」
頭を横に振る。翔太が顔を近づけて、少し声を落とした。
「俺さ、聞いたことあんだよ」
「だから何をだよ」
「あの人……誰とでも寝るらしいんだよ」
思わず目を見開いた。恵介先輩の恋人なのに、誰とでも寝るーー……。
つまりそれは、その通りの意味だろう。恋人じゃなくてもセックスをする……そのままの意味。
妙に心の奥底がざわついた。嫌悪か驚愕か、それは自分でもよく分からなかった。
「おい」
聞こえた声に顔を上げる。夏樹さんがこちらを見ていた。細い指に煙草を挟んでいる。色素の薄い瞳は何を言いたいのか分からない。ただ観察しているような……俺を試しているかのような気がして、咄嗟に目を逸らしてしまった。
「灰皿」
愛想のない、投げやりな言い方だ。俺は近くにあった灰皿を取り、向こうに回すよう同期に手渡した。灰皿を受け取った夏樹さんは、礼も言わずに黙って煙草に火を点ける。慣れた仕草だった。ふぅと煙を吐き出す姿は、黙っている時より人間っぽさがある。俗っぽいものに無縁に見えたが、こうして見るとそれが様になっている。
恵介先輩は当たり前のように夏樹さんの肩を抱いて、他の部員と話しをしていた。
先輩は知ってるんだろうか、恋人の良くない噂を……。仮に知っているなら、何故あんな風に平気で肩を抱けるのか……俺には分からなかった。
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