4 / 8

Day1-4

平日でも関わらず人が多い大通りを抜け、やけに静かな路地裏を進む。 ゲイの出会いの場として有名だが、女性やストレートの男性でも入ることはできる。 ‥まぁ、中で楽しめるかどうかは別として。 地下への階段を降りていくと、エントランスのスタッフに身分証の提示を求められる。 ほとんど身分証としての役割しか果たしていない“免許証”を財布から取り出し、男に手渡した。 確認と分かってはいるが、じっと顔を見つめられると、何となく目を逸らしたくなる。 「中で入場料を払って、バンドも持って行ってください」 返された身分証を財布に仕舞いながら、さらに地下へと降りていく。 すでにこういう場所特有の匂いが漂っており、それだけで鼓動が早まるのを感じる。 「あれ、もしかして林田さん‥?」 階段を降りた先にあるキャッシャーに、常連だった頃に良くしてくれていたスタッフを見つけ、思わず声をかける。 パーマのかかったロン毛にヒゲを生やしたスタイルが、あの頃と少しも変わらない。 「‥やだ、志乃ちゃん!?」 地上まで聞こえそうな声だな、と思わず笑みが溢れた。 クラブでの林田さんはステレオタイプのオネェという感じだ。立ち振る舞いもネコっぽく見えるが、風の噂ではタチしかやらないらしい。 一時期はそんな話題で持ちきりだったなと、ふと懐かしい気持ちになる。 「ご無沙汰してます」 「ちょっ‥ご無沙汰どころじゃないわよ〜!」 カウンター越しに両肩をがっしりと掴んだ男は、「突然来なくなっちゃうんだもん。心配したのよ〜?」と眉間に皺を寄せる。 「でも、元気そうで安心したわ。何だか体の方も‥さらに魅力的になっちゃって」 林田は肩から上腕にかけて揉みしだき、Tシャツの袖に隠された筋肉を確かめた。 その時、フロア側の通路からひょっこりと男が顔を出す。 「林田さん、マネージャーが呼んでます」 襟足まで伸びた髪は、黄みの少ない金色に染められている。 初めて見る顔だが、まだかなり若そうだ。 男は髪を耳にかけ、インカムを指差す。 右耳のシルバーピアスが照明に反射してきらりと光った。 林田は慌ててポケットからスマホを取り出し、指示された内容をメモしているようだ。 「たまちゃん、あたしが戻るまでここお願いしてもいいかな?」 「あ‥はい」 「スタッフにはこっちで周知させとくから!」 そう言い残し颯爽と立ち去った男と入れ替わりで、“たまちゃん”はキャッシャーに立った。 「お金、もう払いました?」 近くで顔を見ると、眉毛まで金色に脱色しているのがわかる。 日差しを知らないような白い肌に、漆黒の長いまつ毛が対照的で目を惹いた。 何も答えないのを不審に思ったのか、男は志乃の顔を見上げる。 目が合った瞬間、“好きな顔だ”と思った。 今まで顔の好みなんて意識したことがなかったが、いざ目の前にすると言葉を失ってしまう。 じわじわと耳が熱くなっていくのを感じ、思わず顔を背けた。 「‥お兄さん?」 我に帰った志乃は、慌てて財布からお札を取り出す。 意識し始めたら急に顔が見られなくなってしまうなんて、まるで思春期の中学生のようだ。 財布をジーンズのポケットへ押し込むと、「どうぞ」とドリンクチケットを差し出される。 「あ、ありがとう」 チケットを受け取った手に、骨張った男の手が重ねられ、どきりと心臓が音を立てるのが分かった。 やけに冷たい指先が志乃の手首に絡みつく。 「メインフロアの一番奥でバーテンしてるんで、これ使いに来てくださいね」 まだどこかあどけなさが残る顔なのに、彼の仕草や表情は妖艶に感じられた。 「‥じゃあ、そうさせてもらおうかな」 動揺していることを悟られないよう、慣れた手つきでカゴに入ったブルーのバンドを取り、左腕に通す。 ここではタチが青、ネコが赤のリストバンドを着ける。どっちもいける人は‥まぁその日の気分だ。 「そっち‥なんだ」 「え?」 「いえ、何でも」 意味深な笑みを浮かべたのも束の間、すぐに営業スマイルに切り替わる。 どうやら後ろに客が並んでいたようだ。 志乃は慌ててメインフロアの方へ歩を進めた。 * 「たまちゃんお待たせ〜!大丈夫だった?」 申し訳なさそうな表情で駆け寄ってきた林田からは、仄かに酒の匂いが漂う。どうやらここを離れた数十分の間に付き合いをしてきたらしい。 “たまちゃん”はにこやかに「はい」と答えるが、内心では連日アルコールに曝(さら)される林田の肝臓を心配していた。 「さすが!若い子は覚えが早くて助かるわ〜」 嫌味のない褒め言葉にどこか気恥ずかしさを感じつつ、バーカウンターへ戻ろうとした時。 フロアで酒を持って客と談笑している、先ほどの妙な男の姿が目についた。 「すみません。さっきチーフが話してたのって‥」 「ん?‥あぁ、志乃ちゃんのことかしら」 「あの人って‥」 彼の思いがけない言葉に、林田は作業していた手を止める。 しばらくの沈黙の後、林田は盛大に笑い始めた。 「志乃ちゃんは、昔から青色しか着けないわよ?  どこからどう見たってそうにしか見えないじゃない〜」 「確かに‥そうですよね」 「たまちゃんもまだまだ青いわね」 そう冗談を言って大笑いしていた林田は、階段の上から客が降りてくるのを見ると、咳払いをして“たまちゃん”を追い払った。 「どこからどう見たって‥ねぇ」 男はどこか拭いきれない違和感を覚えつつ、自分の仕事へと戻った。

ともだちにシェアしよう!