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Day1-6
志乃のことを覚えていたのは、当時から働いているスタッフだけではなかった。
仲良くしていた何人かの常連客には、挨拶代わりのショットをご馳走してもらい、ピーク帯にはすでに酔いが回っていた。
来なくなった理由も、突然姿を現した理由も。
誰も深入りすることのない_そんな気軽な関係性が、今は心地よく感じられる。
赤色のバンドを着けた男に声を掛けられることもしばしばで、軽く自己紹介しては酒を飲みながら談笑し、流れ作業のように連絡先を交換するのだった。
時々カップルシートに誘われることもあったが、失恋直後では到底そういう気分になれるはずもなく、やんわりと断ってはトイレへと逃げていた。
終電間際のこの時間からは、メインフロアは魔境となっていく。
上半身に触れられるのはまだいい方で、酔いが回ってきた獣たちはお尻や太ももなど、際どい部分もお構いなしに触ってくるのだ。
それを含めて楽しいと思っていた時期もあったが、アラサーには少々刺激が強すぎる。
ほとんど空になったハイボールを片手に入り口付近に立ち、人で溢れたフロアを眺めた。定番のクラブミュージックが流れると、会場のボルテージはさらに上がっていく。
ズボンのポケットからスマホを取り出すと、一緒に折れたドリンクチケットが出てきた。
“これ使いにきてくださいね”
触れられた冷たい手の感覚とともに、あの時の光景が思い出される。
目まぐるしく過ぎていった数時間。思い返せば、奥のバーカウンターを利用したのは林田と乾杯した時だけだ。
志乃は居ても立っても居られず、足を踏み出した。
「っ‥すみません」
酔いのせいで、軽く人にぶつかることもしばしばだ。
いい雰囲気になっているカップルや、酔っ払いのグループを何とか避けながら、奥のバーまで進んでいく。
人混みの先に、金髪を一つに結 えた男の姿を見つけ、志乃は思わず足を止めた。
彼の横顔は、正面で見た時よりもずっと大人びて見える。
今朝の小森占いを思い出してしまうのは、一体なぜだろう。
*
「お決まりです‥か」
カウンターに置かれた使用済みのプラカップや、空になった酒瓶を回収し顔を上げると、そこには印象に残っている顔があった。
どうやらかなり飲まされたらしい。
顔色は変わらないものの、男の表情が正直に物語っている。
「えぇと‥」
メニューを指でなぞっていき、辿り着いたのはソフトドリンクの欄だ。
「お水にしておきます?」
「そう‥します」
よく冷えたミネラルウォーターを差し出し、代わりにチケットを受け取る。
「僕の顔に何かついてます?」
酒のせいだと分かっていても、熱い眼差しで見つめられると、つい仕掛けたくなってしまう。
目を合わせたまま顔を近づけると、慌てて顔を背けた男の顔がみるみる赤くなっていく。
「少し、飲み過ぎたみたいだ‥」
ペットボトルを頬に当てながら力なくそう呟いた彼は、覚束 ない足取りでサブフロアの方へ歩いていった。
酔っ払いなんて、毎日のように見ているのに。
あれどころで済まない人だって_。
「珠希 くん」
「は、はい」
突然背後から名前を呼ばれ、振り返るとそこにはバイトリーダーの羽海野 さんが立っていた。
「今日早上がりの日‥だったよね?」
バーカウンター内に置かれた時計は、0時ちょうどを示していた。
翌日に大学の授業がある日は、いつもこの時間までのシフトにしてもらっているのだ。
「すみません。お先に失礼します」
「気をつけて帰ってね」
バーの持ち場についている社員や先輩に挨拶をしてから、スタッフルームへと急いだ。
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