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Day1-8

「‥“たまちゃん”」 突然呼ばれた自分の名前に、思わず足を止め、肩にもたれかかった男の顔を覗き込む。酒のせいか潤んだ瞳がやけに色っぽい。 「ごめん、迷惑かけて‥」 「僕が決めたことなんで、気にしないでください」 そう言って再び歩き出そうとするが、彼はその場から動かない。 肩に乗せた頭を上げるのもやっとの様子で、おもむろにポケットから財布を出し、一万円札を手渡そうとしてくる。 「タクシー代、これで足りる‥?」 「そんなの要らないですから、ほら‥仕舞って」 どうやら先ほどの紺野との会話を聞いていたようだ。一万円札を受け取るまで、断固としてそこから動かなそうな男に痺れを切らし、珠希は意地の悪い提案をしてみることにした。 「じゃあ、一緒に僕の家に来るっていうのはどうです?」 悪戯心から言ってみたセリフだったが、返ってきたのは思いがけない答えだった。 「‥いいの?」 「僕はいいですよ」 「あ‥いやでも」 「来るならこの一万円は受け取ってあげます」 真面目そうな男のことだ。そう言われて断れるはずがないと、珠希は分かっていた。 ここで誘いを断れば、“介抱してくれた男をネカフェに泊まらせ、お金も渡せない”という一番最悪な状況になる。 もちろん珠希には“自分のお金でタクシーで帰る”、という選択肢もあった。しかし、自分のせいで終電に乗れなかったという罪悪感がある以上、彼が選べる道はただ一つだ。 差し出した手に、三等分に折り畳まれた一万円札が置かれる。予想通りの答えに、口角が緩むのが分かった。 「‥さ、帰りましょうか」 腰に回したままの手にぐっと力を入れると、男は再び身を委ねてくる。 あまりに隙だらけな行動に、今までよく喰われなかったなとしみじみ思った。 「たまちゃんは‥ずるい人だな」 林田の影響であろう呼び方に、どことなく距離を感じてしまう。マネージャーとの会話を聞いていたのなら、名前だって分かるはずだ。 「珠希です」 「‥え?」 「たまちゃんじゃなくて、珠希って呼んでください」 こんな些細なことが気になるなんて、どうかしている。 そう思いながら、口をついて出た言葉は止められなかった。 「だったら俺のことも‥」 「志乃さん、って呼べばいいですか?」 まさか名前を知られているとは、思いもしなかったのだろう。二人の間に沈黙が流れる。 志乃が赤面していることなど、想像に容易い。 大通りと交差する道に出ると、ちょうど“空”で走っているタクシーが向かってくる。 手を挙げて合図すると、ハザードを点滅させ、路肩に停車した。 「これは、志乃さんが選んだことですからね」 ドアが閉まれば、もう後戻りはできない_。

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