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Day1-9*
タクシーで二十分ほど走ると、見慣れた駅前の景色が見えてくる。
終電を逃してしまったことはこれまでも何度かあったが、近くに住むともだちの家に泊めてもらったり、ネットカフェを利用したりすることがほとんどだった。
深夜の割増料金で自宅まで帰るとなると、この距離ではそれなりのお金がかかってしまう。大学生にとって、その出費は痛手だった。
アパートの前は道が狭くなっているため、少し手前で停めてもらう。タッチ決済で支払いを済ませると、珠希の右肩にもたれかかったまま、寝息を立てている男の太ももをぽんぽんと叩いた。
「志乃さん、着きました」
「ん‥ごめん。寝てた‥」
寝起きは悪くないようだが、足取りはまだ覚束ない。
タクシーを降りるのもやっとの様子だったので、再び腰に腕を回して支えてやる。
「すぐそこなんで、もう少しだけ頑張ってください」
雨はもう止んでいて、濡れたアスファルトの匂いがした。
*
エントランスからまっすぐ進んでいき、突き当たりの右手にある角部屋が自宅だ。
リビングは家賃の割に広々としており、大学の友人らが遊びに来ても窮屈さを感じさせない。
バストイレ別・インターネット無料という条件と、大学から徒歩圏内であることは譲れず、キッチンと浴槽の狭さには目を瞑ることにした。
鍵を開けて中に入ると、ムスクのルームフレグランスが優しく香る。以前、誕生日にプレゼントしてもらったもので、気に入って自分でリフィルを購入した。
靴箱の上のスペースには、そのデュフューザーとレザーの小物入れを置いている。鍵やアクセサリーを入れておくのにちょうど良いのだ。
上京とともに引っ越してきた三年前には、お洒落に見えるように試行錯誤していたのが懐かしい。
靴を脱ぎ捨て、手探りで電気をつける。
大人の男二人が何とか通れる幅の廊下を進んでいくと、男は突然リビングドアの前で立ち止まった。
「志乃さ‥」
暖色の廊下の照明が、涙ぐんだ瞳を露わにする。
血色感が失われた顔と頻繁に唾を飲み込む様子から、吐きそうなことはすぐに分かった。
「トイレ、こっちです」
廊下を戻りスライド式の扉を開けてやると、男は力なく便器の前にしゃがみ込んだ。
ドアを開け放ったまま、洗面所へと向かった珠希は さっと手を洗い、手近にあったにうがい用のコップに水を注いだ。
「ゔっ‥ごほ、っ‥」
咳き込む声がトイレから聞こえ、コップを片手に男の元へ向かう。
「大丈夫‥じゃなさそうですね」
そっと背中を摩 ると、ごつごつとした筋肉の感触が手のひらに伝わってくる。
雨のせいかじっとりと濡れたTシャツ。めくれた腰の部分からは、ほのかな汗の匂いと混じってパフュームが香る。
吐けているようであれば、口を濯 いでもらおうと思っていたが、どうやら少し時間がかかりそうだ。
「く、るし‥」
「うまく吐けない?」
問いかけに対し、便器に突っ伏したまま こくりと頷く。
珠希は水が入ったコップを廊下に置き、男の口元に右手を寄せた。
「‥楽にしてあげますから、そのまま口開けててください」
親指と中指で顎を押さえたまま、躊躇なく志乃の口内に人差し指を入れた。
ねっとりと温かいその感触に、思わずゴクリと生唾を飲む。
舌の真ん中から奥に向かい、ゆっくりと指先を這わせていく。苦しそうに眉を顰 め、珠希の手を振り払おうと身じろぐのが堪らない。
「こら、動かない‥」
抱きしめるよう背後から左腕を回して、耳元で囁く。加虐欲をくすぐるこの状況に、鼓動が早くなっていくのが自分でも分かった。
口内に入れた指で舌の奥を軽く押してやると、胃液混じりのアルコールが珠希の右手を汚した。
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