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Day1-10

「少しはスッキリしました?」 白く細長い手を顔から離し、まるで大したことではなかったかのような口ぶりで彼は言った。 掠れた声で「うん」と答えると、身体を押さえていた腕が解かれ、どこかへ歩いて行ってしまう。 水が流れる音が遠くから聞こえ、手を洗っているんだろうなとぼんやり思った。 涙で滲(にじ)んだ視界では、トイレに溜まった水と吐瀉物の区別がつかなかった。 ツンと鼻を刺激する胃酸とアルコール臭が不快だが、ズキズキと痛む頭をすぐに上げることができない。 「‥口の中、気持ち悪いでしょ」 先ほどと同様、背中に覆い被さるような体勢で、口元に水の入ったコップを差し出された。 右手で受け取ろうとするより先に、唇に飲み口をあてがわれ、少しずつ水が流れ込んでくる。 程よく口に含まされたところでコップは唇を離れ、志乃は軽く口内を濯(ゆす)いでから水をトイレに吐き出した。 「お酒飲む日は胃に何か入れておかないと‥って、大人なんだからそれくらい分かってますよね」 耳元で聞こえてくる声に、羞恥心を掻き立てられ、喉の奥がキュッと締め付けられる。 酒に飲まれて、初対面の好みの男に介抱されて‥。今夜の醜態を思い返すと消えてしまいたくなる。 「ご、ごめ‥」 謝ろうと開いた口を塞ぐかのように、再び水が流し込まれた。溢れた水が唇の端から顎へと伝っていく。 「ん‥ゔ、っ‥‥!」 口内は疾(と)うにキャパオーバーになっているにもかかわらず、止める気配はない。 思わず飲み込んだ水が気管に入り、志乃は盛大に咽せた。苦しさのあまり嘔吐しそうになるが、胃の中は空っぽのようで何も出てきやしない。 恨み言の一つでも言ってやろうと後ろを振り返ると、そこには雄の顔をした珠希がいた。 初めて見る男の表情(かお)に、鼓動が早まるのを感じる。 志乃はこの時ようやく、自分が盛大な勘違いをしていたことに気がついた。 「‥ごめんなさい」 いつの間にか用意されていた濡れたハンカチで、唾液や吐瀉物がついた口の周りを丁寧に拭(ぬぐ)いながら、男はそう呟いた。 ひどく優しいその手つきに、さっきの行為が嘘だったかのように思えてくる。 「志乃さんを見てると、つい意地悪したくなると言うか‥」 欲を孕んだ瞳に真っ直ぐに見つめられると、奥深くに隠した自身の願望までをも見透かされてしまいそうだった。 それともすでに、見透かされているのか_。 「顔、真っ赤になってるの‥気づいてます?」 頬に触れた掌(てのひら)が、冷たくて心地良い。 そっとその手に擦り寄ると、珠希の喉仏が大きく上下し、少し照れたような笑みを浮かべた。 「‥可愛い人」 _彼は、俺を抱こうとしているんだ。

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