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Day2-1
目が覚めると、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
所々抜け落ちている記憶を辿り、今いる場所が珠希の家であることを理解する。
隣に彼の姿はなく、遮光カーテンの隙間からは日の光が差し込んでいた。
ズキズキと痛む頭に、今日が休みでよかったと心の底から思った。
ベッドに横になったまま、頭だけを動かして辺りを見渡す。壁掛けのアナログ時計は、かろうじて午前中を示しており、志乃はほっと胸を撫で下ろした。
頭痛のせいで到底起き上がる気にもなれず、前腕で目元を覆い、ぼんやりと昨日の出来事を思い出す。
序盤はしっかりと覚えている。
通っていた当時、良くしてくれていた林田と再会することができたし、何よりも印象的な珠希との出会いがあった。
昔よくつるんでいた仲間とテキーラで乾杯し、フロアで一緒に踊ったのは、まだほろ酔いの頃のことだ。
それから赤色のバンドを着けた男に代わる代わる声をかけられ、話しをしながらハイボールを二杯か三杯、おかわりした。生憎、誰の顔も思い出すことはできない。これも酒を飲み過ぎたせい‥ということにしておこう。
その後も、知り合いに見つかってはショットをお見舞いされ、フロアに客が溢れるピーク帯の頃からあやふやになりつつあった。
バーカウンターの向こうには髪を結んだ珠希がいて、少し離れたところからその姿を見ていた。横顔がやけに大人っぽく感じたのを覚えている。
ペットボトルを片手にサブフロアに向かってから、珠希の家に着くまでの間は、所々記憶が抜け落ちていて、タクシーでどのくらい走ったのかも分からなかった。
一番忘れていたかったトイレでの醜態は、思い出して恥ずかしくなるほど鮮明に、脳内で繰り返し再生される。
自分に向けられた熱い視線の真意に気づいた今、彼の顔をまともに見られるだろうか_。
*
「‥さん。志乃さん」
ふと呼ばれた自分の名前に気がつくと、目の前に珠希の顔があった。
何度見ても“好きな顔”だと思う。より自分好みにしたくて、左手を伸ばして右側の髪を耳に掛けてやる。出会った時と同じ姿に、思わず口元が綻んだ。
そのまま輪郭へ手を這わせていき、親指で唇に触れると、想像していたよりずっと柔らかい感触が伝わってくる。
夢にしてはあまりにも_。
「あれ‥?」
この時ようやく、全てが現実であったことを理解した。
“好きな顔”の男は困惑した表情で志乃を見つめ、指が触れたままの唇を軽く開いた。
「あ、気が付きました?」
「ご‥ごめん!」
慌てて手を引っ込めると、目の前の男はケラケラと笑い出す。聞けば寝ぼけている姿が面白くて、笑いを堪えるのに必死だったらしい。
珠希のあどけない笑顔は、普段の落ち着いた表情からは想像もつかない。
壁の時計を確認すると、あれから三十分ほどしか経っていないようだ。
他人の家に泊めてもらった上、こんな時間まで眠りこけていたのが急に恥ずかしくなり、急いで身体を起こす。
幸いなことに気持ち悪さはないが、頭痛は一向に良くなる気配がない。
「寝てていいのに‥」
「いや、もう大丈夫だよ」
昨日初めて会った男の家に、これ以上長居をするわけにもいかないと思い、少しだけ嘘をついた。ベッドの端から足を下ろすと、フローリングがひんやりとして気持ちがいい。
「どこか出掛けてたの?」
あれこれ詮索するつもりはなかったが、リュックを背負ったまま目の前にしゃがんでいる珠希を見て、つい口が滑った。
「あ‥いや、一度起きたとき部屋にいなかったからさ。でも言いたくなかったら、言わなくてもいいし‥」
矢継ぎ早にそう言うと、男はすくっと立ち上がり、少し考え込んでから口を開いた。
「さっきまで大学で講義受けてて‥。昼休みになったんで、志乃さんの様子を見に一旦戻ってきた‥って感じですかね」
頭上から聞こえてくる珠希の声に、思わず自分の耳を疑った。
できる限り噛み砕いて説明をしてくれたにも関わらず、志乃の脳内で処理をするのには時間がかかった。
ゆっくりと顔を見上げ、言葉を絞り出す。
「えっと‥じゃあ、つまり‥大学生?」
「はい。今年度から三年になりました」
若く見えるなとは思っていたが、それもそのはずだ。
「ってことは、今の年齢が‥」
「二十歳です」
あまりにも強烈なその言葉の響きに、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
二十歳なんて、まだ高校生に毛が生えた程度の子どもじゃないか。
これまで相手の年齢なんて気にしたことはなかったが、大学生とではあまりにも生きている世界が違うように思えてならない。
“抱かれる側”を知らない今なら、まだ引き返せる_。
「何をそんなに考え込んでるんです?」
突然頬に触れた冷たいの掌 の感触に、思わず息を呑んだ。
徐々に近づいてくる顔に、鼓動が早まっていく。
今にも唇が触れそうな距離だというのに、珠希は顔色ひとつ変えず、志乃の目を見据えている。
その顔が弱点だと知っていてやっているのだとしたら、相当たちが悪い。
「もっと気楽に楽しみましょうよ」
妖しげな笑みを浮かべた男の言葉に、決意が揺らぐ。
頬に置かれた手は、ゆったりとした動きで首筋へと移動していく。触れられた部分が熱を帯びていくのが、自分でもわかった。
「僕がどんなふうに触れて、どんなふうに抱くのか‥知りたくないですか?」
耳元でそう囁かれれば、いとも簡単に流されてしまう_。
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