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Day2-7
五限目の講義を終え、自宅へ戻ったのは18時半過ぎのことだった。自転車に鍵をかけてから、部屋へと向かう。
明日は土曜日のため、いつもの五人で飲みに行かないかと誘われたが、この後22時から朝までバイトのため断った。結局、予定のない高梨と遼太郎、田丸の三人で行くことになったようだ。
仮に飲み会に参加していたとしても、心ここに在らずの状態で過ごすことになっていたであろう。
玄関の鍵を開け、中に入ると、真っ先に玄関ドアに付いている郵便受けを確認した。
中身は空で、幸いにも鍵は返されていないようだ。
連絡先を交換していないのは痛恨のミスだったが、まだクラブで会える可能性だって残されている。
珠希はほっと胸を撫で下ろし、リビングへと向かった。
LEDの照明を付け、リュックをローテーブル横の定位置へと置く。カーテンを閉めてから、手を洗いに洗面所へと向かう。これがいつものルーティンだ。
「ん‥?」
手を洗ってリビングへと戻ると、ダイニングテーブルの上に小さな紙が置いてあることに気が付いた。
大学生である珠希にとって馴染みがないため、近づいてようやくそれが名刺だと分かる。
「山瀬 志乃‥」
名刺には彼の名前と勤務先が記載されており、裏側にはボールペンで携帯電話の番号と、珠希に宛てたメッセージが書かれていた。
“連絡先を聞くのを忘れてしまったので、よかったら連絡ください”
ぶっきらぼうな文字を辿ると、珠希は大きくため息をつき、腰掛けた椅子に力なく凭れかかった。
あまりにも愛くるしいその行動に、ぎゅっと心臓を一掴みにされたような気分になる。
スマホを取り出して番号を打ち込むのに、時間はかからなかった。
高鳴る心臓を落ち着かせるように、耳元で鳴るコール音を数える。
「‥もしもし?」
電話は三度目のコールの後で繋がった。
聞こえてきた声は少し上擦っていて、彼の緊張が伝わってくる。
「珠希です。すみません‥突然電話しちゃって」
「ううん。名刺、気づいてくれてよかった」
「志乃さんって、思いもよらないことをしてくれますよね」
「‥やっぱりちょっとキモかったかな」
「いえ。そういうところが可愛いなと思って」
急に電話の向こうから声がしなくなり、男の照れた顔が目に浮かぶようだった。
“可愛い”と言われ慣れていないためか、どうやらその言葉に弱いらしい。
「もうお家ですか?」
沈黙を続ける彼に助け舟を出すように、珠希は口を開いた。
「あ、うん。17時くらいに着いて、ちょうどのんびりしてたところ」
「無事に帰れて良かったです」
「洋服とかも洗ってくれたみたいで‥ありがとう」
「勝手に洗っちゃいましたけど、迷惑じゃなかったですか?」
「迷惑なんてそんな‥。本当に助かったよ」
「それなら良かったです」
段々と緊張がほぐれてきたのか、普段の落ち着いた声に戻ってきている。
穏やかな物言いと、包み込むような低い声が心地いい。
「あ‥えっと、大学の方は大丈夫だった?」
しばらく黙り込んでいると、気を利かせて話題を振ってくれた。
「‥大丈夫ではなかったかもしれないです」
予想していなかったであろう答えに困惑している志乃の姿は、容易に想像することができる。
「志乃さんに鍵を返されて、二度と会えなくなったらどうしようって‥」
「っ‥俺にはそんなことできないって、分かってたくせに」
電話口から聞こえてくる恨めしそうな口調に、思わずふふっと笑ってしまう。
「嬉しいです。‥僕を選んでくれて」
本心からのその言葉は、あまりにも優しい響きで。
彼の前ではこんな自分にもなれるのかと心底驚いた。
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