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Day2-10
21時45分。バイト先であるクラブ『Belva』に出勤した珠希は、フロントに立つスタッフに挨拶をして、エントランスの階段を下りていく。
「チーフ。おはようございます」
林田は今日もキャッシャーに立つようだ。
客の少ない今の時間は、何やら書類と睨めっこしていた。
「あら、たまちゃん。おはよう」
そう言って書類を下ろすと、何やら申し訳なさげな顔でこちらを見てくる。
「昨日はごめんなさいね。あの後、無事に帰れたかしら?」
「昨日‥?あぁ、志乃さんのことですか」
思わず口をついて出た男の名前に、林田は“おや”という表情を浮かべた。
「‥ちゃんと送っていきましたよ」
僕の家まで、と心の中で付け加えて、にっこりと笑って見せる。
自分の中に若干の独占欲が生まれていることは否定しないが、彼がここに来たくなくなる理由を作りたくはなかった。
こういう狭い世界では、噂話に尾鰭がついてどんどんと広まってしまう。
もしもタチである彼が“持ち帰られた”ことが知られれば、周囲が彼を見る目もすぐに変わるだろう。
_まぁ、ネコとしてモテてしまったら、僕が困るっていうのもあるけど。
「‥そう?なら良かった」
何かと鋭い林田のことだ。もしかしたらすでに勘付いているのかもしれない。
あまり話をしているとボロが出そうなので、「じゃあ」とその場を切り上げて、足早にスタッフルームへと向かった。
着替えを済ませてスタッフ用の喫煙所へ入ると、そこには先客がいた。
「おはようございます」
「珠希くん。おはよ」
「羽海野さんがここにいるの、珍しいですね」
そう言って煙草にライターの火を近づけ、軽く息を吸い込む。
二年前、上京してすぐにここでバイトをし始めた時に、手取り足取り仕事を教えてくれたのが彼だ。他の社員と比べると歳が近いのもあり、こういう場で二人きりになっても気まずくはない。
「なんかちょっと‥一人になりたくてさ」
「まじですか。邪魔してすみません」
予想だにしなかった言葉に、急いで煙草の火を消そうと灰皿に手を伸ばす。
「いやいや、違うんだ。今のは良くない言い方だった」
男は口から煙を吐き出しながら、慌てて右手を左右に振った。
その仕草にほっと胸を撫で下ろし、再び煙草を口元へと近づける。
しばらくの沈黙の後で、彼はおずおずと口を開いた。
「君は、女の人に告白されたこともあるのか?」
「‥まぁ、ありますね。数えるほどですけど」
「やっぱりその‥ゲイの人って、それがどんなに仲が良い相手でも、付き合うっていうのは難しいのか‥?」
「そう‥ですね。それができる人っていうのは、バイセクシャルになるんじゃないですか」
「なるほど‥」
「羽海野さんは‥ストレートでしたよね?」
「あぁ‥うん。そうだと思ってたんだけどね‥」
意味深な言葉とともに、羽海野は煙草を灰皿に押し付ける。どこか辿々しい様子から、吸い慣れていないことが見て取れる。
_男に言い寄られたが、意外と悪い気はしなくて困惑している、と言ったところだろうか。
他人の情事に興味はないが、言動からあれこれ予想してみるのはいい暇つぶしになる。
「じゃあ、お先に。話聞いてくれてありがとう」
妙にすっきりとした顔で部屋を出ていく男の背中を見送り、ふと壁に掛けられた時計を見上げる。
この煙草を吸っていられる時間は、思いの外ほとんど残されていなかった。
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