28 / 45
Day3-7
フロアを出ようと言い出したのは、どちらでもなかったが、目が合った次の瞬間には二人は歩き出していた。
彼の表情は雄弁に我慢の限界であることを語っており、自分自身もまた理性を抑えられなくなっていた。
人混みをかき分けて進みながら、一回り大きい男の手を引く。汗ばんだ手のひらが握り返してくる感覚に、思わず口角が緩んでしまう。
有名なDJが来ているおかげで、平日にも関わらずバーカウンター周辺にまで人が溢れており、幸いにもスタッフに見つかることはなさそうだ。
メインフロアを出て一直線にトイレへと向かう。
まだ深い時間になっていないこともあり、並んでいる人はいない。空いていた一番奥の個室の扉を勢いよく開け、志乃をそこへ押し込んだが、“そういうこと”が度々起きるここでは気に留める人は誰一人いないだろう。
後ろ手に鍵を閉めると、洋式トイレの横に窮屈そうに立っている男は、期待と不安が入り混じったような表情を浮かべた。
「こんなとこで‥?」
どうやらここで抱かれると思っていたらしい。
彼が不安な表情になっていたのも頷ける。
「さすがに最後まではしないですけど‥」
被ったままのフードを下ろしながらそう言い、少し広くなっているドア前へと軽く腕を引いた。
壁に寄りかかるようにして立ち、左腕を脇の下から差し込んで、志乃の身体を後ろから抱きしめるような体勢になる。
「‥“これ”はどうにかしないと、でしょ?」
右手の人差し指でズボンの膨らみを辿ると、腕の中の男が息をのむのが分かった。
フロアで流れている音楽がここまで届くため、多少声のボリュームを落として話をすれば、外に聞こえる心配はないが_。
「あんまり大きい声出しちゃダメですよ」
彼の淫らな声を誰かに聞かれるのは癪だ。
このシチュエーションに興奮しているのか、昂りは依然として硬さを保っていた。
「そう言えば、どうしてあれから連絡くれなかったんですか?ずっと待ってたのに‥」
少しいじけたような声で囁きながら、右手だけでズボンのベルトを外していく。
辿々しい手つきに焦らされていると感じているのか、もどかしいとでも言いたげな視線が手元に降り注いでいる。
ベルトを外し終えると、ようやく男は口を開いた。
「あ‥いや、その‥珠希くんも忙しいかなと思って‥」
「ふぅん‥」
どこか歯切れの悪い彼の言葉に違和感を覚え、ジーンズのボタンにかけた手を止める。
しばらく黙り込んだまま、すぐ横にある志乃の顔を覗き込むと、またしても表情が物語っていた。
「本当のこと言ってくれたら、直接触ってあげます」
普段の彼であれば多少食い下がりそうなものだが、適度のアルコールのおかげか簡単に口を割る。
「珠希くんのことを考えて‥その、一人でシたから‥何か気まずくて‥」
想定内の回答ではあったものの、恥ずかしげにもたもたと話す声や、実際に志乃の言葉を耳にすると、来るものがあった。
余裕ぶっていられるのも、ここまでなのかもしれない。
まさか彼の妄想の中の自分にすら嫉妬するなんて_。
ともだちにシェアしよう!

