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Day3-11
志乃は一人、個室のトイレで便座に腰掛けていた。
「はぁ‥」
あれからしばらく時間が経ったが、吐き出す息はまだ熱を帯びている。
時間を確認しようと、ポケットからスマホを取り出すと、真っ黒な画面にはいかにも“事後”と言わんばかりの自分の顔が反射していた。
『その可愛い顔をどうにかしてから出てきてください』
可愛いかどうかは別として、珠希の言っていたことの意味は何となくわかる気がする。
画面の中の自分は、どことなく“雌”の雰囲気を醸し出しており、見る人が見れば悟られてしまうのではないかとさえ思えた。
電源ボタンを押すと、23:53と時刻が表示される。
終電まではまだ少し時間があるが、余裕を持って行くならそろそろ出たいところだ。
スマホをポケットに仕舞おうとしたちょうどその時、手のひらに小さな振動を感じた。
『このあと僕の家に来ませんか?』
メッセージの上には“立花 珠希”の名前が表示されており、志乃はスマホを片手に思わず立ち上がっていた。
つい数分前に満たされたと思っていた欲は、どうやら底なし沼のようで、また何かが起こるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。
不純な考えを振り払うように頭を振り、トーク画面を開いたスマホに指を滑らせる。
『珠希くんが良ければ』
何となく素っ気ないような気がして、最後に絵文字を付け足してみるが、それはそれでラフすぎるようにも思えて、結局そのまま送信ボタンを押した。
送ったのと同時に既読が付き、すぐに返信が送られてくる。
『駅前の喫煙所で待ってます。こっちの終電は00:25なので、それに間に合うように来てください』
待ち合わせなんて、まるでデートみたいだ。
自然と緩んでいく口角に、いつの間にか自分の中で芽生えていた感情に気がつく。
惹かれていると思っていたのは、身体だけじゃない。
きっともうこの心も_。
突然聞こえてきたノックの音に、現実へと引き戻される。
慌てて「今出ます」と声をかけ、用も足していないトイレの水を流した。
「すみませ‥」
「あら、誰かと思えば‥志乃ちゃんじゃない」
申し訳なさそうにドアを開けると、目の前には日高が立っていた。あの後も何杯か飲んだのか、頬が赤く染まっている。
「日高さん、結構飲んでますね」
「もちろんよ。イイ男が一緒なら尚更ね」
すれ違うようにして個室へと入ると、何かを察した様子でじっと顔を覗き込んでくる。
「なぁんだ、思ったよりもちゃんと遊んでるんじゃない」
にっこりと笑った男は、「安心した」と言いながらトイレの扉閉めた。
どうやらここで如何わしいことをしていたことは、お見通しのようだ。
しかし、彼もまさか志乃が“される側”だとは、思ってもみないだろう。
「‥ふぅ」
安堵のため息をつき、個室の前から立ち去る。
向かい合うように並んでいる小便器の裏側には手洗い場があり、そこには小分けになったマウスウォッシュも置かれている。
手洗い場でハンドソープを左手に取ると、ふと手首に付けた青色のバンドが目に入る。
ゲイだと自覚した17歳の夏から、彼に出会うまでずっとタチとして生きてきた。
心の中に眠るマゾヒズムも、決して抱かれる側としての欲求ではなかった。
いつまで隠し通せるだろうか。
幸いにも、彼はそんな志乃の事情を汲み取ってくれているようだ。ここを出るタイミングをずらしたり、フロアでも人目につかないように動いてくれていた。
何かと器用な珠希とは違い、ボロが出るとしたら自分自身だろうことは予想がつく。
彼に抱かれることを選んだとしても、ここでは今まで通りに振る舞っていたいだなんて_。
「我儘かな‥」
ぽつりと呟いて、鏡に映った自分の姿を見つめる。
そこに映っていたのは、どこからどう見てもタチにしか見えない男の姿で、彼が度々口にする“可愛い”という言葉は全くと言っていいほど似合わない。
こんな自分を抱きたいと言い、こんな自分に欲情する彼のことが、途端に愛おしく思えた。
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