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第2話

 本当は、どこかで廉も気づいていた。自分と祖母は外見もあまり似ていなかったし、自身の青い目は祖母の焦茶色の目とは全く色が違っていた。  祖母から聞いた事実は悲しかったが、それ以上に『家族』という言葉は嬉しかった。  だから廉は自分の本当の両親はどこにいるのか、今何をしているのか。祖母に聞いたことは一度もなかったし、気にもしていなかった。  そんな廉が、自分の出生に向き合うことになったのは、祖母が入院してしばらく経ってからのことだ。   『廉……あのね、私、あなたに話しておきたいことがあるの』 『え、何? ばあちゃん』  ちょうど庭に咲いていた祖母のお気に入りの花を花瓶に生けていた時だった。  その頃の祖母は眠っている時間が多かったため、久しぶりに話すことができたのが嬉しく、自分の声も弾んだ。 『あなたの、お母さんの話……』  祖母の口から出た母という言葉は、なんとなく居心地が悪かった。 『え? いいよその話は。俺にはばあちゃんがいるんだし。それより……』  どうして今、祖母がこの話をしようとしているのかなんとなく廉にはわかった。  祖母は、自分がもう長くないことを知っている。だから、今のうちに廉に話しておきたかったのだろう。 『いいからお願い、聞いてちょうだい。あなたもわかっているでしょう。私の記憶が、少しずつなくなってしまっていることを……だから、覚えているうちに全部話しておきたいの』 『ばあちゃん……』  涙ぐみそうになるのを堪えながら、廉はベッドの隣にある椅子へと腰かけた。 『大きくなったわね、廉。まるで、物語に出てくる王子様みたいだわ。あなたを初めて見た時には、こんなにきれいな子供がいるのかって、とても驚いたのよ』 『ばあちゃんが、育ててくれたおかげだよ』 『そうね。私はこれまでずっと一人で仕事のことだけを考えて生きてきた。家族なんて足かせにしかならない、って思ったこともあったわ。でも、あなたを育てて、あなたと一緒に生きて、そんな考えは変わった。この十年、本当に私は幸せだった……』  しんみりした祖母の言葉は、まるで別れの言葉のようで、思わず廉は遮ってしまった。 『何言ってるんだよ、ばあちゃん、これからも一緒に生きていこうよ』  明るい廉の言葉に、祖母は皺の多い顔で優しく微笑んだ。 『私が死んだら、私の部屋のクローゼットの奥にある、古い箱を開けてちょうだい』 『え?』  祖母の部屋には何度も入ったことはあるが、クローゼットの中は開けてはならないと幼い頃から言われていた。  家族でも他人のプライバシーを守ることの大切さを廉に教えたかったのだと思っていたが、それ以外にも意味があったのだろうか。 『箱の中に、古い本と、それからイギリスの城の写真が入っているわ。そこに、行ってちょうだい。そうすれば、何かわかると思うから……』 『ばあちゃん?』  先ほどまではっきりとしていた祖母の言葉が、少しずつおぼつかなくなっていく。 『今でも、あれは夢だったのかどうか、私にもわからないの……でも、これだけは信じていて。あなたのお母さんは、あなたを捨てたわけじゃない。むしろ、私に託してくれたの……だけど、当時の私にはそれがわからなかった……』  言葉にはなっているものの、祖母の言葉はどこか譫言のようで、廉は慌ててナースコールに手を伸ばす。 『すみません、祖母の様子がよくなくて……!』 『どうかイギリスに……あの城へ、行って……ごほっ!』 『ばあちゃん!』  咳き込んでしまった祖母の背を、優しく撫でる。咳が止まる様子はない。 『わかったから! もう、喋らなくていいから!』  ナースコールを聞きつけた看護師と医師が病室に駆け込んでくる。  処置を行ったことにより、祖母の容態は少しずつ落ち着き、そのまま眠りについた。  けれどその日以来、祖母は全てを忘れてしまった。  廉が病室に顔を出すとニコニコと笑って喜んでくれてはいたが、会話ができる状態ではなく、だから、謎めいた祖母の言葉の詳細をそれ以上聞くことはできなかった。  祖母が亡くなって四十九日が経つ頃、ようやく廉は重い腰を上げ、祖母のクローゼットを開けた。親族から三ヶ月後には家から出ていくよう言われていたのもあり、その前に箱を取り出さなければと思ったのだ。  クローゼットの中は、祖母の性格を表すように整っており、一目でどこに何があるのかがわかるようになっていた。  その箱は、クローゼットの片隅にそっと置かれていた。 『他に見当たらないし、多分、箱ってこれだよな……?』  箱、というからてっきり段ボールのようなものを想像していたが、廉が思っていたものとは随分違っていた。きれいな布が張られたアンティーク調のその箱は、大切なものを入れているのだとすぐにわかった。  まるで、子供が大切なものを入れておく宝箱のようだった。勿論、宝箱にしては随分大きかったが。  ――ばあちゃん、カルトナージュが趣味だったもんな。  廉が学校から帰ってくると、リビングのテーブルでよく祖母はカルトナージュを作っていた。  今思えば、常にリビングにいてくれたのは学校から帰ってきた廉を一番に出迎えるためだったのかもしれない。 『じゃあ、ばあちゃん。開けるね』  一言だけ声をかけ、ゆっくりと蓋を開ける。

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