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第3話

 ……本と、写真?  祖母が言っていたように、中に入っていたのは厚めの洋書と、何枚かの古い写真、そして一枚のメモだった。  おそらく祖母が撮ったのだろう。きれいな城が色々な角度から撮られている。  メモに書かれているのは、祖母が付き合いのあった旅行会社の名前だ。  祖母との付き合いは長く、告別式にも来てくれていたため廉も覚えていた。  洋書を開いてみるが、残念ながら中の言語は読み解くことができなかった。  とりあえず、スマートフォンで城の写真を撮り、検索をかけてみる。  幸いなことに、城の写真はすぐに検索に引っかかった。  イギリスの湖水地方にある古城は、今は宿泊施設として使われているという話だった。 『ここに行けってことなんだよね? ばあちゃん。あれ……?』  よく見れば、箱の中にはもう一つ何か、手帳のようなものがあった。 『これ……パスポート?』  紺色のパスポートを手に取り、中を開く。てっきり祖母が使っていたものだと思っていたが、中に書かれていたのは祖母の名前ではなかった。  パスポートを開いてすぐのところに書かれていたのは廉の名前。写真は以前、資格試験を受験する時に撮ったものだ。  有効期限を見て遡れば、おそらく作られたのは一年半ほど前。ちょうど、祖母の長期の入院が決まった頃だ。  昔から祖母は勘が鋭かった。雨が降ると言えばどんなに晴れていても廉に傘を持たせ、結果的に毎回使うことになった。祖母が行くのはやめた方がいい、と言った飲食店が、廉が予定していた日に食中毒を起こしたこともあった。  このパスポートも、自分に残された時間がそう長くないことを察した祖母が作ったのかもしれない。  行くしかないよな、これは。  正直に言えば、自分の出生にそこまでの興味はなかった。  廉には祖母がいたし、十分に幸せで、本当の両親のことなど考えたこともほとんどなかったから。  けれど、ここまで用意してくれていた上、何より最後に祖母が願っていたのは廉のイギリスへの渡航だ。  来月から夏休みも始まるし、時期的にもちょうどよいだろう。  廉はすぐさまメモに書かれていた旅行会社の番号に電話をし、チケットと、そしてホテルの予約を行った。  ベッドに座り、スーツケースの中から取りだした洋書を膝の上に載せ、廉はじっと見つめる。  かなり年季が入っているその表紙には「愛する我が子へ」という文字が書かれている。  そこでふと、昨日訪れたロンドン市内の古書店での出来事を思い出した。  年配の店主に、洋書のことを聞いてみたのだが、装丁は確かにヨーロッパでかつて使われていたものだが、書かれているのはどこの国の言語でもないと言われたのだ。  かつて大英帝国だった頃、英国は世界中の様々な英知を集めていた。  だからてっきり、廉が知らないヨーロッパのどこかの言語なのだと思っていたが、店主は見覚えがないという。  大学の研究室に預ければ詳しく調べてもらえるとも言われたが、それは遠慮をしておいた。  驚いたのは、多言語に精通しているという店主が、題名すら読めなかったことだ。  けれどふと、廉は違和感に気づく。  あれ……なんで俺、この題名が読めるんだろう。  クローゼットの中で見つけた時には、読めなかったはずだ。  おそらく祖母が英国で買ったものだろうと。だから古書店で調べてもらうことにした。  それを、店主の前で見せた時には自然と読んでいた。まるで、最初からその文字を知っているかのように。  もしかして……!  中の文字も、読めるのではないか。そう思い、ゆっくりと洋書を開く。  え……?  その瞬間、洋書が中から柔らかい光を発し始めた。  いや、洋書だけではない。正確に言うと洋書と、そして廉がつけているペンダントが同時に光り始めたのだ。  まるで、共鳴し合うかのように。  な、なんで……!  日本で洋書を開いた時にもペンダントは身につけていたはずだが、こんなふうに光り始めたことなんてなかった。  閉じた方がいいのかな。  本が光を放つ、という常識では考えられない出来事に混乱しているからだろうか、そう思いながらも本を閉じることができない。  むしろ、時間が経つにつれ光が強くなっていく。  ま、眩しい……。  目を細めた廉は、目の前の洋書を咄嗟に床へ置く。その時だった。  へ……?  強い光の中から一人の人間が、廉の前に現れた。信じられない話だが、確かにその人は本の中から出てきた。  光が弱くなったことにより、廉は細めていた目を見開き、目の前の人間をじっと見つめる。  美しい金色の髪に、アメジストを思わせるような紫の瞳、すらりと背が高く、目鼻立ちはきれいに整っている。  年齢は、廉よりも少し上だろうか。  なんか……モデルさんみたい。  こんな状況であるにもかかわらず、廉の頭に浮かんだのは少しばかり間の抜けた感想だった。  あまりにも信じられない出来事が続いているため、もしかしたら脳が考えることを放棄しているのかもしれない。 「我が王子……!」  目の前の青年が廉の顔をまじまじと見つめ、そして涙ぐんだ。  容姿だけではなく、声色まで美しかったが、彼の唇は明らかに英語でも日本語でもない別の動きをしている。  けれど、廉の脳内には直接、彼の声色とともに言葉の意味が流れ込んでくる。 「お、王子……?」  思わず聞き返す。目の前の青年を改めて見ると、随分クラシカルな格好をしている。少し前に映画で見た、デュマの三銃士の騎士のような服装だ。 「はい。ようやく迎えに上がることができました。私の名はランス、あなたを守る騎士です」  言いながら、ゆっくりと青年が膝をついた。まるで廉への忠誠を表すかのように。 「すみません、言われている意味がよくわからないのですが……」  それどころか、この状況すら意味がわからない。そもそも、ホテルの部屋に見知らぬ人間が突然現れた時点で警戒しなければならないはずだ。  けれど不思議と、目の前の青年、ランスに対してはそういった気持ちは抱かなかった。  もしかして……、俺、この人のこと知ってる?  そう思って頭に浮かんだのは、夢の中の子供だ。あの子供もランスも、同じ金色の髪をしている。 「記憶を……失くしているのですね。なんと、お労しい……」  口元を手で覆ったランスが、小さく首を振った。舞台劇のような仕草だが、その容姿と格好もあり不思議と違和感がない。  いや、それよりも。 「記憶を失うって……あの、もしかして俺のこと知っているんですか?」  本から出てきた青年に何を聞いているのだ、という疑問を持たなかったわけではない。  けれど、記憶という言葉は引っかかった。もしかしたら、彼は廉が忘れている六歳までの自分を知っているのだろうか。 「勿論です!」  立ち上がったランスが、廉との距離を瞬く間に詰めてきた。

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