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第4話
「あなたの名前はレン・ヴァレンシュタイン……いえ、レン・スペンシア。父は前国王・ハルバート、母の名はハーミア。あなたこそ、フェルディナ王国の正統な後継者なんです」
ランスは熱心に語りかけてはくれるが、正直廉はついていけていなかった。記憶があるのかとは聞いたが、想像していた以上に内容が複雑だったというのもあるだろう。
「いや、待って……ください。情報量が、多すぎる」
そもそも、フェルディナ王国ってどこだ。地理は選択しているが、そんな国の存在、見たことも聞いたこともない。それどころか、歴史上にだってそんな国存在しないのではないか。
本の中から人が出てきている時点で、国が実在するのかなんて考えるだけ無駄なのかもしれないが。
「あの、あなた……ランスさんのお話が全部事実だとして。俺はその、フェルディナ王国の人間だということで、間違いはないですか?」
頭には無数の疑問が浮かんでいるが、とりあえずは現状を整理しようと問いかけてみる。
「その通りです! さすがレン様、ご理解が早い。ちなみに私に敬称は必要ありません。あなたは私が仕えるべき主であり、私はあなたの騎士なんです。どうか、ランスとお呼びください」
ランスの紫の瞳が、じっと廉を見つめる。きらきらとした美しい青年が一心に自分だけを見ているのだ。女性なら勘違いしてしまうような近さだし、廉だって落ち着かない。ドギマギする気持ちを抑え、慎重に廉は問う。
「事情はわかりました。だけど、確かに自分には幼少期の記憶がありません。かといって、ランスさんが言うように……」
「ランス、とお呼びください」
どうしても、その点は譲れないようだ。
「ランスが言うように、他国の人間だとも思えません。だって俺、普通の人間ですし……」
「私だって、普通の人間ですよ?」
いや、普通の人間は本からは出てこないだろう。そう突っ込みたかったが、優しい眼差しを向けるランスにそれを言うのは気が引けた。
「記憶がないということですし、混乱されるのもわかります。こちらの世界には、魔法もないという話ですし。だけど、あなたの顔を見てすぐに私はレン様だと確信が持てました。幼い頃の面影がありますし……何より、姉上によく似ていらっしゃる」
「姉上……?」
「はい。私のただ一人の姉であるハーミアは、レン様の母君でもいらっしゃいます」
つまり、ランスはレンの母の弟、叔父ということになるのだろうか。
ランスが、俺の叔父さん……。
叔父さん、という言葉に似つかわしくないほどランスは若く、廉と年齢もそう変わらないだろう。
母であるハーミアが若くして廉を産んだと考えれば、年齢的に無理はない。ランスの格好を見るに、あちらの世界はこちらの世界よりも時代的に前なのかもしれない。
けれど何より。
「じゃ、じゃあ! ハーミアさんは、俺の母さんはどこにいるんですか? どうして、これまで一緒に暮らせなかったんですか?」
「それは……」
廉がそう言うと、ランスの顔が途端に曇った。言葉を選ぶように苦しげに眉を寄せ、俯いた。
ランスの表情から、聞いてはいけないことを問いかけてしまったことがわかる。
冷静であろうとしたのに、母という単語につい反応してしまった。
けれど、下を向いたランスはある一点で視線を止めていた。
「これは……! 姉上の……!」
「え?」
ランスの視線は真っ直ぐに、廉の胸元にあるペンダントへ注がれていた。
「これまで何度もレン様のもとへ向かおうとしてもたどり着けなかったのに、やはり、姉上がここへ導いてくださったのですね」
廉も視線を下げれば、自分の胸元にあるペンダントは未だ弱い光を放っている。
けれど、それを見たランスはハッとして顔を上げる。
「申し訳ありません、レン様。どうやらもう時間がないようです。私と一緒にフェルディナへ参りましょう」
「え……? は……!?」
ランスが、廉の背にそっと手を添えた。
参りませんか、ではなく参りましょう。既に、一緒に行くことが決まっているようだ。
「急にそんなことを言われても……今は夏休みですが、九月からは高校も始まりますし」
この非現実的な状況で、現実的な話をしているのがなんとも滑稽だったが、それくらい廉の頭も状況に追いつけていなかった。
「申し訳ありません、レン様。フェルディナには、我が国にはあなたが必要なんです」
廉の話は聞いてはくれたものの、おそらく聞き入れるつもりはないのだろう。
「へ……?」
ランスは背中から手を回し、廉の身体を思い切り横抱きにした。所謂、お姫様抱っこだ。すらりとした長身であるため気づかなかったが、よく見れば胸筋が発達しており、その腕は逞しかった。
「な……! 下ろしてください!」
「危ないですから、私にしっかり掴まってください」
廉の言葉などお構いなしにランスはそう言うと、何かしらの詠唱を始める。
ランスの身体と、そして廉の身体が同時に光り始める。
眩しい……!
目を閉じた瞬間、自分の身体がふわりと浮遊するのを感じた。
ほんの一瞬、瞬く間の出来事だった。
最後に聞こえたのは、廉が持っていた洋書が、ぱたりと閉じられる音だった。
†††††
びっしりと文字が書かれた目の前の書物に目を落としながら、羽ペンを動かす。
現代日本の高校生として生きていた廉の学習手段は、ノートにシャープペンシルか、タブレットだ。
そのため、最初はこの羽ペンを使いこなすのに随分難儀した。長い時間をかけると滲んでしまうし、かといって短すぎると掠れてしまう。
だが、慣れれば書き味もよく、美しい文字を形にできる。それもあり、廉は思考を整理する時にはまず羽ペンを持つようになっていた。
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