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第8話

薄暗いお話は、苦手な方だと思う。 幽霊とか、宇宙人のお話は、基本、避けてきたから。 「では、テストを開始します。終わりの合図で、最後尾のみなさんが、前方席へとテスト用紙の回収をしてください」 今日は、学力テストだ。 中学の頃は、今より真面目ではなかったから、解ける問題もあれば、分からない問題もある。 そこに直面した時は、ああ、やってしまったと感じるけれど、嘆いてばかりいても仕方ない。 知りたいなら知ればいい。 それだけだから、淡々と、淡々と、学ぶ姿勢を身につけていく事が、学校では、必要な在り方だと思う。 …、俺は、だけど。 「…」 鉛筆が、紙の上を滑り、その際に、カチカチと机に刺激を与える音が、教室中に溢れ返る。 休み時間なら、人の声で騒ついてるそこも、授業中となれば、案外、静かになる。 このペンの音を、昔、同級生は、焦るから嫌だと言っていたけど、最近よくあるASMRだ。心地よいよ、寧ろ。 「…」 自己中に、自分勝手に、解いていくだけ。 気になるところは、それっぽく書くだけ。 明日からまた学べばいいから、それで、頭の中にしっかりと入ったものを数値化するためにテストをするだけ。 俺を知るために。俺のために。 「…ふぅ」 出来たら、採点される事が待ち遠しい。 俺の学力は、今、どれぐらい? また、先生が教えてくれるんだね、って、今は、俺は、一仕事終えた後の欠伸をする。 授業は、退屈なようでいて、毎日、違うお話をしてくれているわけだから、それを理解する為にひたすら頭をこねくり回す、変化のある仕事のようなもの。 多分、俺、将来、すんごい働き者になるよ。 なんて、サボり癖が全くないと言えば、そうではないのだけれど。 「…」 普通の人なのにな。 何で、俺には、友達が出来ないかな。 不安になる、どうにもならない依存症が鬱陶しいね。 それは、分かってるつもりだ。 受け入れてくれる人が居れば、少しは、なんて、まだ、そんな人が現れる兆しは、見えないけれど。 「時間です。テストを回収してください」 耳につく紙の擦れ合いの音が、何となく、ホッとするのも理解できているつもりだ。 こんな感じ、どんな感じ? 何の為に、人と同じ感性を理解しなければならないのか、そんな不満もあると言えばあるけれど、その根底にあるのは、寂しさなんだよ。 仕方がないから、兄にでも甘えるか。 構ってくれるから。 出来た兄だから。 俺の方が、昔は出来ていたのにな。 追い越されてしまったなって、つい、悲観的にもなってしまうよ。 「……。」 多分、そんな錯覚をしていただけ、なんだろうけれど。  テスト終わった だから、構ってほしいのだ。 甘やかしてほしいのだ。 俺だけを見ててほしいのだ。 誰かよりも、俺の事を大切にしてねって。 でも、もし、俺が悪さをしてしまったなら、俺よりも、誰かを大切にして、自分を守ってほしい。 傷付かないでほしい。 どこにも居なくなってほしくないから。 「………、」 朝見た夢が怖かったから、つい、そっちの、方向に、思考が持っていかれる。 辛い時は、誰かに抱きしめてもらいたいって思う時が多い。 それをしてくれていたのが、兄だったはずなのに、いつからだっけ?多分、小学生を卒業する頃。 よく覚えてる。 兄は、もう、俺を一番には、見なくなったんだよ。 他者の方が大切になったから、俺には、文のやり取り、声だけのやり取り、手を繋ぐこともなくなった。 いや、別に、彼氏彼女のように街中を歩きたいわけじゃないけど。 「……」 俺が悪かったから、仕方ないんだけど。 「……、」 俯いて、膝の上に上向きに乗せてある両手を見つけた。 「……」 大丈夫だよ。 だって、人は、殴っていないから。 傷一つ、付けていないから。 ガラス窓に映る俺の事が、嫌になっただけで、俺は、理性に守られているから、平気だよ。 「……」 ああ、なんだか、辛い。 欠伸をするたび辛くなる。 もう嫌だ。保健室、使えないかな。 中学生じゃないからダメだよな。 なんか保健室のおばちゃん、一度見たことあるけど厳しそうだったしな…。 「………」 仕方ない。 三年の教室に行って、兄に会うか。 「……。」 そうと決まれば、話は、早い。 俺は、スンと席を立ち、誰とも話さないまま、 「あ、え?神田君、どこ行くの?ホームルームは?」 いや、意外と俺に話しかけてくれる人も居るんだけど、 「…三年の教室行く」 「え?…なんで?」 「オニイチャンに会いに行く」 「え?お兄ちゃん居たの?」 「うん、じゃ。」 「だから、ホームルーム…、聞いてない。」 違うの。 俺は、甘やかされたいの。 構ってほしいだけじゃないの。 優しい温かさを求めてるの。 「……」 カツカツと廊下を歩き進めて、階段を二階分上り、着いた、見慣れない生徒ばかりのそこを歩き進みながら、通話ボタンを押した携帯を耳に当てる。 『…どうしたの?』 「今近くにいるんだけど、クラスは?」 『えっ?何?どうしたの?』 「あ、居た。」 見つけた。 俺の心は、フワリと温かさを感じ取った。 頭の中にあった黒影が、さぁっと風になって消えていくような。 憑かれていたそれが、浄化されるような。 「テストはちゃんと受けたの?って、……、」 ぎゅ。 と、椅子に座っているままの兄の体を抱きしめる。 そうそう、この体つき。 兄そのもの。 俺を一番、甘やかしてくれる人。 俺の事を見てくれる人、痛いところを治してくれる人。 「……、また怖い夢見たの?」 「うん」 「大丈夫だって、夢なんだから」 「うん」 「ほら、外もこんなに明るいし、すごく晴れてるよ?」 分かってないのかな。 俺の心の状態を良くしてくれるのは、アナタと言う人なんだけど。 なんで外なの。何が景色だよ。馬鹿じゃないの。 「…今日、誰かと遊ぶの」 わざわざ言わないけど。 それも兄は、知ってくれてるのかな。 分からないけど、とにかく、宥め続けてほしいと言うか、声と言葉を聴きながら温もりを感じていたいんだけど…。 「うん…。」 ね、そうだよね。 高校生になっても、兄は、一人じゃないよね。 俺とは違うから。 俺が求めるように、兄を求める人は、居るんだよね。 俺ばかり構ってられないよね。 だよね、だよね…。 「…誰?」 静かな声で問い掛ける。 怒りが含んだ声だった。 我慢できないよ。 俺は、こんなにも辛いって言ってんのに。 「滝川って人。俺の一番の親友」 そんな風に、ぶった斬らないで欲しいのに。 「……そ。分かった。じゃあ、仕方ないね。」 俺は、まるで操縦されてるようだ。 兄の言い分は、絶対。 だって、俺より真面目なんだもん。 仕方ないんだよ、邪魔にはなりたくないから。 「えらい、我慢できたね」 そう。 だから俺が我慢して、また、兄に褒めてもらえるように、頑張るだけ。 「真っ直ぐ、寮に行って、ゆっくり寝なよ?クマ、できてるし」 それぐらい、しんどかったんだなぁ。 今日の夢。怖かったんだなぁ、俺。 「分かった。」 スンと、理解できた俺は、抱きしめていた兄の体から腕を退け、うんうん、と、一、二秒の間だけ粘った後、すんなりと兄に背を向けて、 「気を付けてね」 「うん。」 寮に戻る事にした。

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