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第29話

雰囲気が、高級店。 リラックス出来るピアノ調の音楽が流れていて、店内は、ゆったりとしたムードに包まれている。 「ここ、良いお店だね」 彼女は、白ワインを両手で持ち、僕に、上目を遣う。 「うん。…。落ち着くよね」 洋食の、少しお高い、コース料理。 今は、メインディッシュの、ミディアムレアのステーキを味わっている最中だ。 「…ありがとう。すごく美味しい、すっごく幸せだよ」 彼女が微笑んでくれるから、僕も、つい、困ったように笑ってしまった。 「……」 そういえば、最近、怖い夢を見なくなった。 多分、毎日、こんな風に明るく笑ってくれる彼女と、一緒に、眠っているからだと思う。 寂しい時には、何も言わずにくっついたとして、彼女は、嫌がらず、むしろ、僕に、くっつき返してくれる。 僕は、彼女の体温を感じとって、生きている心地を再認識できる。 彼女が居るから、僕が居る。 そのような、しっかりとした、愛が、確立されていると言う、感覚が、地に足を付けて、今日も生きる、そんな希望に、繋がっていて、暗闇の天井で、輝いている、ような。 「歩人は?」 名前を呼ばれて、俺は、再認識する。 ここに居るのは、俺だ。 俺。そう、俺。 昔から、ずっと、俺として存在している、俺。 俺は、俺以外の、何者にも、なれない。 たった一人。命の変わりはない。 俺だ。 「……美味しいものは好きだよ」 でも、僕は、今、彼女と、共に過ごしている。 明るい未来、平和な世界、温かい心。 安堵を手にしたような、安堵は、僕を包み込んでくれているから。 だから。 「口に合ったなら、俺も嬉しいよ」 俺は、彼女を側に置いている。 心地良い、優しい彼女を利用して、 「……食べさせてあげよっか?」 平和な世界に生きる選択をしたのだ。 「……」 カツ丼が、目の前に置かれている。 お盆の上に、それと、箸。 あと、湯呑み。 中には、緑茶が淹れてある。 「……」 もぐもぐ。 食べる。 食べたら、腹に溜まって、少し、心が癒される。 「……」 今日は、一人。 だから、周りが、少し、気になる。 食堂の、隅っこから、辺りを見てみれば、見つけた、兄は、黒髪の、眼鏡をかけた、図体の良い人と、喋りながら、学食を食べている。 美智留の姿は、無い。 多分、コンビニ弁当でも食べているのだろう。 “いつメン”と、一緒に。ね。 「……」 何だか、不安だ。 俺が、一人。って、感じがして。 「……」 感じ、じゃないけど。 一人なんだけど。 だから、一人で、食べて、残りの時間の過ごし方を悩んで、結局。 「……。」 食べ終わったそれを持って、お盆ごと、返却口に置いて、見知った兄の姿を視界に入れるだけ入れて、ここからは、少し離れている教室に戻る。

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