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第13話 勝手に揃ってた

春の光が、アトラボ四階の会議室へ斜めに入っていた。 テーブルには同じ資料が五部並び、高澤廉はすでにタブレットを開いている。紫月颯は窓際の椅子へ浅く座り、月城玲士はコーヒーを片手に資料へ目を落としていた。 普段より静かな顔ぶれを見た相沢涼が、入口で眉を寄せる。 「嫌な予感しかしない」 少し遅れて、凪隼人がギターケースを肩に掛けたまま入ってきた。 紫月を見つける。 「紫月も?」 「俺も知らねぇ」 紫月は目の前に置かれた資料を軽く持ち上げた。 「座ったら置かれてた」 凪が空いている椅子へ座ったところで、壁側のモニターが点灯した。 通信がつながり、ロンドンの研究所にあるラウンジが映る。 石造りの壁と大きな窓。その向こうには曇った空が見えた。 榊悠司がソファへ座り、その隣では桐島智也がコーヒーを持っている。 凪の動きが少し止まった。 画面の向こうで、智也もこちらを見る。 別々の場所へ進んでから、こうして顔を合わせるのは初めてだった。 先に凪が口を開く。 「……そっち朝?」 智也が少し笑った。 「まだ朝。眠い」 凪もそれ以上は何も言わなかった。 高澤が資料を一枚めくる。 「本題に入る。夏のロンドン特別企画について、条件が揃い始めている」 相沢も資料へ目を落とした。 開催地はロンドン。 研究所ホールと連携した特設ステージに、配信ライン、法務確認、移動日程、現地スポンサーの一次整理まで書き込まれている。 「早くない?」 相沢が顔を上げる。 「研究所側は榊さんが先に動いていた。外側は月城さんが揃えた」 高澤が月城へ視線を向けた。 凪もそちらを見る。 「おじさん、何したの?」 月城はコーヒーカップを置く。 「少し動いただけだよ」 紫月が資料から顔を上げた。 「配信、現地興行、スポンサーまで押さえて、それを少しって言うのか」 「条件が良かったからね」 画面の向こうで榊が言った。 「場所はある」 高澤が頷く。 「今回、Aurora LabelとFluctuation Labelは統合しない。必要な部分だけ接続する。日本側の音と、ロンドン側の場所を使った小編成企画だ」 凪は資料をめくった。 研究所ホール、配信、現地興行。 並んでいる言葉は大きい。 「俺は、音を持ってけばいいの」 相沢が頷く。 「そう」 紫月も続ける。 「その音を外へ出せる形にするのが俺」 画面の向こうから智也が言った。 「声を置くには、いい場所だよ。変に派手じゃない」 凪は智也を見る。 「歌わなくていい?」 「歌うかどうかは曲次第だ」 相沢が答えると、凪は眉を寄せた。 「便利な言葉多くね?」 智也が笑い、紫月も少しだけ口元を緩める。 高澤は資料の次のページを開いた。 「VERTEX MUSIC GROUPは、海外配信窓口と現地興行の一部を担当する。レーベル移籍ではない。囲い込みでもない」 凪が月城を見る。 「そこ、大事なの?」 「大事だよ」 月城は落ち着いて答えた。 「今すぐ囲うより、最初に信頼された方が長く残る」 凪は少し考えた。 「じゃあ、おじさん優しくしてるようで、ちゃんと儲ける気なんだ」 相沢が吹き出し、画面の向こうで智也も肩を揺らした。 榊が静かに言う。 「商売人で、変なファンだな」 月城が少し目を細める。 「否定しにくい流れだね」 高澤は一度全員を見た。 「役割を確認する。研究所側の場所は榊さん。声の接続は桐島さん。音の最終判断は紫月。制度と記録の線は俺が見る。海外配信と興行の外側は月城さん側。入口は相沢」 相沢が自分を指した。 「俺、入口なの?」 榊が答える。 「そうだ」 紫月は資料をめくり直した。 「俺、今決まった?」 「最初から入ってる」 「聞いてねぇ」 「聞かせるために呼んだ」 紫月はため息をつく。 「経費で落ちんの?」 「落ちる。必要経費だ」 「じゃあ行く」 凪が横を見る。 「そこ?」 紫月は凪へ視線を返した。 「お前の音を外に出すんだろ。俺が行かない理由がねぇ」 月城が頷く。 「助かる」 「お前のためじゃねぇよ」 「分かってる」 高澤は最後に凪を見た。 「凪は、音を持っていく」 凪はすぐには答えなかった。 画面の向こうでは智也がこちらを見ている。榊も黙って待っていた。 隣では相沢が資料を閉じ、紫月はもう行く前提で日程の欄を見ている。月城はコーヒーカップへ手を添えたまま、何も言わない。 凪はもう一度、資料の一枚目へ視線を戻した。 「勝手に揃ってたんだな」 相沢が頷く。 「そういう時ある」 「怖」 「でも、無理やりじゃない」 高澤が言った。 「嫌なら止める」 月城も続ける。 「君が行かないなら、企画は成立しない」 画面の向こうで智也が少し笑う。 「来たら、俺は嬉しいけどね」 榊は短く付け足した。 「場所はある」 凪はその言葉を聞き、資料から顔を上げた。 少し考えてから言う。 「飯ってうまい?」 会議室が止まった。 最初に相沢が笑い、画面の向こうで智也も吹き出す。 高澤だけは真顔のままタブレットへ何かを打ち込んだ。 「食事条件、別途確認」 「本当に入れるなよ」 相沢が言う。 高澤は画面を見たまま答えた。 「重要な滞在条件だ」 紫月も低く言う。 「飯で音変わるからな」 凪がすぐに頷いた。 「だろ」 「調子に乗るな」 月城はコーヒーカップを持ち上げながら笑っていた。 窓から入る春の光は、さっきより少しだけテーブルの奥まで伸びている。 凪は資料の端に印刷された〈LONDON〉の文字を見た。 もう、ただ遠くにある場所には見えなかった。

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