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第22話 伝説の人
凪の部屋には、普段ほとんど流れないテレビの音があった。
月城玲士と最後に顔を合わせてから、十日ほど経っている。
海外案件や収録の立ち会い、会食や移動が続いているらしく、本人はアトラボへ来ない。
連絡だけは届いた。
《今日は遅い》
《来週ジム行けるかもしれない》
《確認だけして寝る》
凪はそのたびに短く返し、画面を閉じていた。
来ないくせに、文面だけは妙に近い。
テーブルには食べ終えた容器が残り、ソファの肘掛けにはパーカーが引っかかっている。壁際にはいつものようにギターが二本並んでいた。
その部屋で、今夜だけテレビがついている。
画面には番組タイトルが出ていた。
THE PROFESSIONAL
――残る音をつくる人
月城玲士。
凪はそれを見た瞬間、舌打ちした。
「……何で見てんだ俺」
リモコンは手元にある。
消そうと思えばすぐ消せた。
それでも指は動かなかった。
画面が切り替わり、まだ暗い東京のオフィスが映る。
朝四時。
誰もいないフロアへ、スーツ姿の月城が入ってきた。
アトラボで見る時より表情が少し硬い。
一人で会議資料を読み、五時には海外とのオンライン会議へ入る。英語で重なる発言を途中で整理し、必要な言葉だけを残して話を進めていく。
判断が速い。
相手を押し切っているわけではないのに、月城が話したあとには次にやることが決まっていた。
凪はテレビを見たまま呟く。
「……何だこいつ」
次に映ったのは、ライブ会場の設営現場だった。
巨大なスクリーンと照明機材の下をスタッフが行き交い、月城は図面を受け取ると、その場で数か所へ印を入れた。
「導線が詰まる。ここ開けて」
「低音が逃げる。サブウーファー位置変更」
少し先を見て、もう一つ指す。
「ここは見せ場じゃない。照明落として次へ使って」
指示を受けたスタッフがすぐ動き始める。
誰も立ち止まらない。
凪は腕を組んだ。
「……腹立つくらいできるな」
場面は新人アーティストのデモ審査へ移った。
月城は一曲目を途中で止める。
「この子は残る」
別の曲は少し聴いてから、
「技術はある。でも今は届かない」
さらに別のデモだけは最後まで流した。
「この子は時間がかかる。でも面白い」
凪は少し身体を起こした。
音を聴いている時の顔だけは、知っている月城と変わらない。
番組スタッフが聞く。
「なぜそこまで分かるんですか」
月城は少し考えた。
「分かるわけじゃない」
それから、もう一度音源の止まった画面を見る。
「残る音は、だいたい最初から違う」
凪の手が止まった。
何となく自分まで含まれているような気がして、リモコンを握り直す。
番組の終盤では、深夜の車内に月城が一人で座っていた。
窓の外を東京の灯りが流れていく。
「月城さんにとって、仕事とは何ですか」
スタッフの問いに、月城は少しだけ笑った。
「まだ、聴きたい音があるので」
そこで映像が終わった。
エンドロールが流れ、やがて画面が暗くなる。
凪はしばらく動かなかった。
黒い画面に、自分の姿だけが薄く映っている。
「……あいつ、すげーやつ?」
誰に聞くでもなく言い、リモコンでテレビを消した。
部屋から音が一つ消える。
「……おじさんって言ってたな、俺」
壁際のギターへ目を向ける。
立ち上がりかけて、やめた。
代わりにスマートフォンを開く。
一番上には、月城玲士とのやり取りが残っていた。
少し見て、そのまま閉じる。
忙しいのだろうと思う。
それでも、十日という数字がすぐに浮かんだ。
「……知らねぇよ」
凪はソファへ身体を沈めた。
テレビの消えた部屋は、思ったより静かだった。
目を閉じても、最後に聞いた月城の声だけが耳に残っていた。
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