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第30話 知らなかった金
昼の光が、アトラボ四階の会議室へ入っていた。
珍しく席が埋まっている。
高澤廉はタブレットを開き、相沢涼は椅子の向きを半分崩して座っていた。凪隼人は窓際でギターケースに寄りかかり、始まる前からあまり興味のなさそうな顔をしている。
少し遅れて、月城玲士がコーヒーを持って入ってきた。
「珍しい面子だな」
相沢が言う。
「君もその一人だよ」
月城はそのまま空いている席へ座った。
高澤が全員を見回す。
「来月のイベントですが、協賛各社の確認だけ先に済ませます」
「仕事の匂いしてきた」
相沢が露骨に嫌そうな顔をする。
「いつもです」
高澤は気にせず、タブレットの画面をモニターへ送った。
配信会社、機材会社、飲料メーカー。いくつもの企業ロゴが並ぶ。
凪は一度見ただけで、すぐ窓の方へ視線を戻した。
次のページへ切り替わる。
VERTEX MUSIC GROUP。
凪の目が止まった。
「……それ」
高澤は資料を送る手を止めない。
「月城さんのところだ」
「今さら?」
相沢が笑う。
凪は月城を見る。
「今回だけ?」
月城はコーヒーを一口飲んだ。
「いや」
「いやって何だよ」
高澤が次の資料を開く。
過去イベントの一覧だった。
蛍祭り、Aurora Cross Session、冬季限定配信企画、地方会場の追加公演。
それぞれの横に、同じ社名が入っている。
凪はしばらく画面を見た。
「……は?」
相沢が吹き出した。
「知らなかったの、お前だけだぞ」
「うるせぇ」
「蛍祭りの赤字、そこが埋めてる」
凪が月城を見る。
「それも?」
「地方追加公演の交通費も」
「待て」
高澤が淡々と続けた。
「初期の配信サーバー増設費も一部」
凪はゆっくり月城へ向き直る。
「……何で言わねぇんだよ」
月城は少しだけ笑った。
「必要なところへ出しただけだよ」
「そういう話じゃねぇだろ」
「そうかな」
「そうだろ」
会議室の空気が少し止まる。
高澤だけが資料を閉じた。
「言う必要がなかった、という判断でしょう」
月城が小さく笑う。
「優秀だね」
「仕事です」
凪はまだ月城を見ていた。
「何でそこまで」
月城はすぐには答えなかった。
窓の外へ一度目を向ける。
春の光が、向かいのビルの壁へ白く反射していた。
「面白かったから」
「は?」
「伸びると思った」
「それだけかよ」
「理由としては足りているだろう」
凪が眉を寄せる。
相沢が横から口を挟んだ。
「嘘だな」
月城が見る。
「何が」
「玲士さん、音、好きだったろ」
月城は返さなかった。
コーヒーのカップだけを静かにテーブルへ置く。
凪も何も言わなくなった。
まだ顔を合わせるより前から、この男はAuroraの音を聴いていた。
それだけではなく、必要なところへ金まで出していたらしい。
凪はモニターに並んだ社名をもう一度見た。
「……変な人」
相沢が机に手をついて笑う。
「そこに着地するんだ」
高澤も資料へ視線を戻しながら、わずかに笑った。
月城は穏やかな顔をしている。
「今さら気づいた?」
凪はギターケースから身体を離した。
「腹立つ」
「感謝は?」
「あとで考える」
「期待して待とう」
相沢の笑い声が会議室に広がる。
凪はそのまま窓際まで歩き、外を見るふりをした。
背後で、高澤が次の資料を開く。
「では本題へ戻ります」
「戻れねぇよ」
凪が即答した。
相沢がまた笑う。
月城は何事もなかったように、冷めかけたコーヒーへ口をつけていた。
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