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第31話 同行者
朝の東京駅は、まだ混雑しきる前だった。
ホームには風が抜け、スタッフの荷物や楽器ケースが並んでいる。眠そうな顔も多く、全国ツアーの地方公演へ向かう朝らしい空気が漂っていた。
相沢涼は改札を抜けたところで缶コーヒーを飲みながら欠伸をし、高澤廉はすでに電話をしている。
「搬入口は九時です。先に照明チームを入れてください」
歩きながら指示を出す高澤の少し後ろで、凪隼人はキャップを深く被り、ギターケースを肩へ掛けていた。
「眠ぃ」
「お前、昨日三時まで弾いてただろ」
相沢が言う。
「別にいいだろ」
「機嫌悪いな」
「普通だ」
ホームの奥で、スタッフの動きが少しだけ変わった。
黒いコート姿の月城玲士が、革靴の音を響かせながらこちらへ歩いてくる。旅行へ向かうというより、そのまま別の仕事先へ移るような姿だった。
高澤が通話を終える。
「おはようございます」
「おはよう。間に合ったね」
月城は何でもない顔で列へ加わった。
凪はしばらく見ていた。
「……何でいる」
「同行だよ」
「は?」
「今回、協賛元の代表として視察」
「専務クラスが普通来るかよ」
月城が少し笑う。
「来ちゃだめなのかい」
相沢が吹き出した。
「強いなあ」
凪は眉を寄せる。
「現地社員でいいだろ」
「君が出る」
「意味分かんねぇ」
「私には分かる」
「きも」
高澤が静かに割って入った。
「席、隣です」
凪の動きが止まる。
「誰と」
「月城さんと」
「嫌だ」
「決定済みです」
「独裁国家かよ」
「朝から元気だな」
相沢は笑いながら自分の車両へ向かった。
「俺は寝る。じゃ」
「逃げんな」
「頑張れ」
そのまま置いていかれた。
やがて新幹線がホームへ滑り込んでくる。
グリーン車の二列席は、窓側が凪、通路側が月城だった。荷物を収めて座った途端、凪はキャップをさらに深く被る。
「寝る」
「まだ発車してないよ」
「気分だ」
「便利だね」
発車ベルのあと、車体がゆっくり動き始めた。
しばらく二人とも話さなかった。
凪は窓の外へ流れていく朝のビル群を見ていたが、隣で月城が新聞をめくる音も、腕時計を外す動きも、シャツの袖を少し上げる気配も妙に耳へ入ってくる。
何でそこまで気になるのか、自分でも腹が立った。
「凪」
「何」
「コーヒー飲む?」
「いらねぇ」
「機嫌悪いね」
「普通だ」
月城はそれ以上言わず、スマートフォンで車内注文を開いた。
少しして、ホットコーヒーとプリンが届く。
凪は横目で見る。
「……子どもかよ」
「朝は甘いものがいる」
「似合わねぇ」
「よく言われる」
月城が普通にプリンを食べ始める。
スプーンを持っているだけなのに、妙に違和感がない。
凪は窓へ向き直った。
「何で笑ってるんだい」
「笑ってねぇ」
「顔」
しばらくして、凪は小さく言った。
「……俺にもそれ」
「プリン?」
「違う。コーヒー」
月城が声を立てずに笑う。
「素直じゃないね」
「早く」
差し出された紙カップを受け取る時、指先がわずかに触れた。
凪は何も言わず、そのままコーヒーへ口をつけた。
車窓の景色は、いつの間にか郊外へ変わっている。
月城が穏やかな声で言った。
「終わったら少し時間がある」
「何の」
「現地案内」
「仕事しろよ」
「それも仕事だよ」
「誰の」
「君の機嫌を取る」
凪は紙カップを持ったまま、月城を見る。
「……意味分かんねぇ」
月城は窓の外へ視線を戻し、まだ少し笑っていた。
新幹線は速度を上げ、東京の建物が遠ざかっていく。
凪はコーヒーをもう一口飲んだ。
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