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第41話 売店のサングラス

朝のサービスエリアには、旅の途中の人が次々と降りてきていた。 観光バスの乗客や配送トラックの運転手、家族連れや眠そうな学生が、売店やトイレへ向かって歩いていく。その端の駐車枠へ、全国ツアーの黒いバスも入ってきた。 静岡公演当日。 会場入りまではまだ少し時間があり、東京を出てから最初のまとまった休憩だった。 相沢涼はバスを降りるなり欠伸をして、腕を上へ伸ばした。 「朝から人多いな」 高澤廉はすでに電話をしている。 「搬入口、十一時で変わりません。先に物販だけ入れてください」 歩きながら指示を出す横で、紫月颯は缶コーヒーを開け、バスの脇で風に当たっていた。 凪隼人は最後に降りてきた。 白いTシャツの上に黒の開襟シャツを羽織り、袖は適当にまくっている。細いネックレスだけが朝の光を拾い、髪にはまだ少し寝起きの癖が残っていた。 少し離れたところでは、月城玲士が現地スタッフと話している。 今日も協賛側の視察として同行していた。 凪は売店の方を見て、急に足を止めた。 「……あ」 相沢が横を見る。 「何」 「サングラス買う」 「何で」 「有名人はサングラスだろ」 相沢は少し黙った。 「なにその古い固定観念」 「うるせぇ」 「余計目立つと思うけど」 「お前も買っとけ」 「いやだよ。恥ずかしい」 凪は構わず売店へ向かった。 入口横の回転ラックには、キーホルダーやタオル、帽子に混ざってサングラスも掛かっている。 凪は値札を見ながら一番端の黒いフレームを取り、隣にあった茶色のものも外した。 相沢が覗き込む。 「俺の方が高いんだけど」 「似合う」 「値段で決めてない?」 「買っとけ」 「いやだ。恥ずかしい」 凪は二本ともそのままレジへ持っていく。 「ちょっと」 「何」 「俺の分まで置くな」 「ないとバレるぞ」 「これかけた方がバレるだろ」 「有名人はサングラスだろ」 「その理屈に俺を巻き込まないで」 レジの向こうで若い店員が少し笑った。 相沢がそちらを見る。 「ほら、笑われてる」 「似合ってるってことだろ」 「前向きすぎる」 「袋、お付けしますか?」 「いらないです」 凪は会計を済ませると、その場で黒い方のタグを外した。 「今つけるんだ」 「買った意味そこだろ」 サングラスをかけた凪を見て、相沢の声が止まる。 「……何で?」 「何が」 「何で似合うんだよ」 凪はレシートをポケットへ入れた。 「サングラスだからだろ」 「意味分かんねぇ」 相沢の手には、茶色いフレームだけが残っている。 凪がそちらを見る。 「早く」 「いやだ。恥ずかしい」 「有名人はサングラスだろ」 「俺はその理屈を採用してない」 通りかかった高澤が、一度だけ凪を見た。 「値段、壊れたな」 「何だそれ」 「そのままだ」 紫月も缶コーヒーを片手に近づいてくる。 「お前、それ雑誌の私服企画みたいになってんぞ」 「朝からうるせぇな」 その横を通った女子高生二人が、少し先で振り返った。 「あの人やばくない?」 「芸能人?」 凪は気づかず、売店の冷蔵棚から水を取っている。 相沢だけがその視線を拾い、手元のサングラスを見た。 「……もうバレてるじゃん」 「ならつけろ」 「何の解決にもなってない」 現地スタッフとの話を終えた月城が、少し遅れてやってきた。 凪を見ると、歩幅がわずかに止まる。 「……君、理不尽だね」 「何が」 「その価格帯で成立するのか」 「日本語で言え」 「似合っている」 凪は水のキャップを開けた。 「知ってる」 相沢が吹き出す。 「今の返し最悪だろ」 「事実だ」 月城は相沢の手元を見る。 「お揃いなのかい?」 「違います」 相沢が即答する。 凪は横から言った。 「買った」 「俺の意思じゃない」 「似合う」 「まだかけてない」 月城は少し笑い、ラックに残っていた別のサングラスへ手を伸ばした。 茶色いフレームだった。 「私も買おうかな」 凪がちらりと見る。 「やめとけ」 「どうして」 「似合わねぇ」 「まだかけていないよ」 凪は水を一口飲んでから、月城を見た。 「顔が高い店なんだよ、お前は」 数秒、誰も返さなかった。 最初に相沢が肩を震わせる。 「名言出た」 高澤も少し笑った。 月城は手にしていたサングラスを静かにラックへ戻す。 「ではやめておく」 「素直だな」 「君には従うことにしている」 「重いんだよ」 凪は先に歩き出した。 黒いサングラス越しに朝の空を見上げ、そのままバスの方へ向かう。 相沢が後ろから呼んだ。 「凪」 「何だよ」 「これ、終演後たぶん探されるぞ」 「じゃあ買っといて正解だろ」 「俺の分まで?」 「ないとバレるぞ」 「もうバレてる」 凪は少し考えるように相沢の手元を見た。 「なら記念だろ」 「何の?」 「有名人」 「雑すぎる」 集合時間が近づき、スタッフも少しずつバスへ戻り始めた。 相沢は結局、茶色いサングラスを手に持ったまま乗り込む。 凪は黒いサングラスを外さず、その後ろを何でもない顔で歩いていった。 月城は少し離れた場所からその二人を見て、笑いながらバスへ戻った。

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