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第11話 私しか聞けない声

浴室の灯りが消えたあと、しばらくして月城が寝室へ入ってきた。 髪にはまだ水気が残り、首元のシャツも少しだけ湿っている。 凪はベッドの端に座ったまま、その姿を見た。 少し前までリビングには澄川がいて、ギターが二本、テーブルには三人分の食器が並んでいた。今は空調の低い音しか聞こえない。 二人のスマートフォンも、リビングに置いたままだった。 月城がベッドの前で足を止める。 「何」 「待ってたんだなと思って」 「先行けって言ったのお前だろ」 「そうだったね」 それでもすぐには近づいてこない。 凪は少し待ってから、月城の手を取った。 「来いよ」 隣へ座った月城を、そのまま引き寄せる。 背中へ回った掌が肌に触れた。熱がゆっくり移ってくる。 指が肩甲骨の脇を辿ったところで、凪の呼吸が止まった。 すぐに月城の手も止まる。 「今、我慢した?」 「してねぇ」 同じ場所へ、もう一度触れられた。 短く声が落ちる。 凪は月城の肩を掴んだ。 月城は急がなかった。ただ、その声を聞いたあとだけ、背中へ触れる手の重さが少し変わった。 「……何だよ」 「私しか聞いてないよ」 凪は顔を上げる。 「だから余計嫌なんだよ」 近すぎるところで、月城の呼吸が揺れた。 凪は少しだけ笑い、首へ腕を回した。 唇が重なる。 触れた肩の熱も、背中へ回る腕の強さも、呼吸が近づくたびに少しずつ変わっていく。 月城の手が動くたび、凪は何度か息を止めかけた。 途中から、それもやめた。 月城はもう何も言わない。 凪の声が落ちるたび、抱き寄せる腕がわずかに強くなる。 「玲士」 自分から名前を呼ぶ。 思ったより低い声になった。 月城の呼吸が、はっきり崩れる。 凪は顔を上げた。 「……効いた?」 月城は答えず、凪を引き寄せた。 今度はさっきより深く身体が重なる。 「答えろよ」 「もう一回呼んで」 凪は少し笑った。 「やだ」 すぐ近くから、名前を呼ばれる。 凪は月城の肩を掴み直した。 それから先は、言葉より呼吸の方が多くなった。 離れかければ距離を戻す。 月城が名前を呼べば、凪も返す。 肩へ置いた手に力が入り、背中へ回る腕がそれを受け止める。 ギターは鳴っていない。 すぐ近くにいる月城だけが、凪の声を聞いていた。 どれくらい経ったのか分からなくなった頃、凪は月城の胸元へ身体を預けていた。 月城の手が背中をゆっくり撫でる。 凪は目を閉じた。 「寝る」 「うん」 月城の腕が背へ回る。 凪は少しだけ位置を直し、そのまま身体を預けた。 胸元へ頬を寄せると、まだ心音が少し速い。 凪はそこへ手を置いた。 月城は何も言わない。 背中を撫でる手だけが、ゆっくり動いている。 リビングには、二台のスマートフォンが置かれたままだった。

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