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第12話 二十二日

午後のVERTEXには、朝から続いていた予定がそのまま流れ込んでいた。 月城玲士が執務室へ戻ると、机の端に新しい資料が置かれている。海外事業部の進行表だった。 現地法人との打ち合わせ、配信事業の契約更新、音楽制作側との協議。ライブ映像を含む今後の展開も、その中へ組み込まれている。 雨宮凛子が一枚にまとめた工程表を、月城は立ったまま開いた。 予定そのものは以前から知っていた。 途中で一度日本へ戻るはずだった日程がなくなり、複数の都市をそのまま回る形へ変わっている。追加された会議もあり、帰国日は後ろへ伸びていた。 「長いね」 雨宮が答える。 「二十二日です」 ページを押さえていた指が止まった。 「最初、十二日じゃなかった?」 「途中で戻るより、そのまま続けた方が効率がいいという判断でした」 「誰の?」 雨宮が月城を見る。 「月城専務です」 月城は工程表へ視線を戻した。 覚えている。 移動を減らし、現地側の責任者が揃う時期に案件をまとめる。その方が効率がいい。 自分で承認した。 「変更しますか」 月城はしばらく工程表を見た。 「いや。このままで」 雨宮が頷き、帰国便までの予定を確認していく。 最後まで来たところで、月城の視線が帰国翌日の欄へ止まった。 午前に社内会議が一件入っている。 「雨宮」 「はい」 「帰国翌日の午前、空けられる?」 雨宮の手が止まった。 「この会議でしょうか」 「うん」 「午後へ移せます」 「お願い」 端末が操作され、午前の予定が消える。 白い欄が残った。 「午後はそのままでいいよ」 雨宮は一度だけ月城を見る。 「何?」 「珍しいと思いまして」 「そう?」 「帰国翌日に、ご自分から予定を空けることが」 月城は白くなった欄を見る。 「今回は長いからね」 雨宮はそれ以上聞かなかった。 扉が閉まり、月城は椅子へ座った。 机の上には、二十二日分の予定が残っている。 スマートフォンを手に取る。 凪とのやり取りは、自分が凪の家へ向かう前で止まっていた。 《来れば》 そのあとには何もない。 画面を使う必要がなかったからだ。 月城は一度だけ入力欄へ触れ、やめた。 話すなら、顔を見ればいい。 * 夜のアトラボ三階は、人が少なかった。 五階での確認を終えた凪隼人は、ラウンジのソファで翌週の予定を見ていた。 収録が二日。リハーサル。澄川とのセッションも入っている。 向かいでは、月城が打ち合わせの資料を鞄へしまっていた。 凪は予定表を閉じる。 「今日帰る?」 「そのつもりだよ」 「珍しいな」 月城が少し笑った。 「毎日、君の家へ行っているわけじゃないよ」 「最近多い」 月城は最後の資料を鞄へ入れた。 「凪」 「何」 「来週から、日本を離れるよ」 凪は顔を上げた。 月城が海外へ行くこと自体は珍しくない。 「どれくらい」 「二十二日」 凪の指が、スマートフォンの端で止まった。 「……長ぇな」 「そうだね」 「いつから」 「来週の火曜日」 「もうすぐじゃん」 「今日、日程が確定したからね」 凪は水へ手を伸ばした。 「途中で帰ってこねぇの?」 「今回は、そのまま回った方が早いんだ」 「そっか」 それ以上は聞かなかった。 アトラボを出る頃には、街の灯りがはっきりしていた。 今夜は別々に帰る。 建物を出たところで足を止める。 「じゃあ、また」 「うん」 いつもと同じだった。 * 部屋へ戻り、凪は照明をつけた。 壁際にはギターが並び、ローテーブルもソファも出かける前と同じ位置にある。 冷蔵庫から水を出し、棚からグラスを取った。 テーブルへ置く。 一つだった。 凪は水を注いだ。 まだ月城は日本にいる。 出発さえしていない。 「……長ぇな」 誰もいない部屋でもう一度言い、スマートフォンを取り出した。 カレンダーを開き、来週の火曜日から指で追う。 画面を伏せかけたところで通知が入った。 月城だった。 《着いたよ》 《おつかれ》 すぐに既読がつく。 少しして、もう一つ届いた。 《二十二日、やっぱり長い?》 凪は画面を見る。 《長い》 今度は、すぐに返事が来なかった。 やがて文字が出る。 《そう》 凪は眉を寄せた。 《何そのそう》 《嬉しくて》 思わず笑った。 《きも》 《ひどいな》 そこで指が止まる。 出発は来週の火曜日。 凪はカレンダーへ戻り、その前の日を見た。 《出る前、いつ空いてる》 ほとんど待たずに既読がつく。 《前日は夜なら》 凪も自分の予定を見る。 空いていた。 《じゃあ来い》 《行くよ》 凪はスマートフォンを伏せた。 壁際のギターを取り、ソファへ座る。 一つ音を鳴らした。 部屋へ広がった響きが、少しずつ薄くなっていく。 凪は次の音を急がなかった。

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