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第15話 私の場所

月城が日本を離れて、一週間が過ぎた。 凪の生活は、ほとんど変わらなかった。 午前はアトラボ三階でゲーム側の音を触り、必要があれば五階へ上がる。Ridgelineの仕事も、澄川とのセッションも入っている。帰れば飯を作り、風呂に入って眠る。 その日の夕方、澄川がギターを背負って部屋へ来た。片手には小さな袋がある。 「何それ」 「昆布です」 凪は袋を見る。 「海藻に戻ったな」 「好きなので」 何度も来ているせいで、澄川はもうグラスの棚も、自分がギターを置く場所も知っていた。 セッションを始めると、以前より言葉は減っていた。凪が待てば澄川も待ち、空いたところへすぐ入らない。一度外しても、次には合わせてくる。 曲の途中で、凪の指が少しだけ止まった。 前に月城がここで聞いていた時も、同じところを拾っていた。凪が空けた場所へ、澄川が全部入らなくなったことに、一度聞いただけで気づいた。 凪はもう一度弦へ指を置き、そのまま続きを鳴らした。 外が暗くなる頃には、セッションも終わっていた。 二人で飯を食う。 澄川が棚から皿とグラスを出し、水を入れると、テーブルにはグラスが二つ並んだ。凪は料理を置きながら、一度だけそこを見る。 少し前は三つだった。 澄川が帰ると、部屋からギターの音も話し声も消えた。 凪はテーブルを片づけ、水の残ったグラスを一つだけ持ってソファへ座った。 スマートフォンには、数時間前に月城から届いた連絡が残っている。 《これから会食》 凪は画面を開いた。 《澄川来た》 返ってきたのは、一時間ほどあとだった。 《そう》 凪は少し笑う。 《飯食って帰った》 今度はすぐに既読がついた。 《それは聞きたくなかったな》 《妬いてる?》 《否定しないよ》 凪は水を飲み、少ししてからもう一度打った。 《あと何日》 返事が来る。 《十五日》 凪はその数字を見る。 《長ぇな》 《そうだね》 凪はスマートフォンを伏せ、水の残ったグラスへ手を伸ばした。 * 月城が日本を離れて十日目、凪はいつもより早く部屋へ戻った。 夕食を済ませると壁際のギターを取った。 ローテーブルには、月城とまだ完成させていない曲のノートがある。ページを開けば、月城が残した言葉と、その隣に自分が足したコードが途中で止まっていた。 凪は最初の音を鳴らし、そのまま少し先まで進んだところで指を止める。 もう一度、最初へ戻った。 今度は急がず、音が消えるまで待ってから次を鳴らす。それだけで、ノートに残った月城の言葉が前より近く聞こえた。 「……めんどくせぇな」 スマートフォンを立て、短く録って月城へ送った。 少しして返事が来る。 《変えた?》 《分かる?》 《分かるよ》 少し間が空いた。 《前より、待つようになったね》 凪はギターへ目を落とした。 《お前いねぇから》 深く考えずに送る。 今度は、しばらく返事が来なかった。 やがて、 《もう一回送って》 と届く。 《同じのあるだろ》 《君から届くのがいい》 凪は画面を見たまま動かなかった。 「ほんとめんどくせぇ」 それでもギターを持ち直す。 同じものを送り直すのは癪だったので、録音を始めて最初の音へ指を置いた。 「……これでいい?」 言ってから眉を寄せる。 誰もいない。 そのまま弾き、録音を止めた。 聞き直すと、最初に自分の声が入っている。 消しかけて、やめた。 そのまま送る。 返事は早かった。 《最初の声、いいね》 凪は目を細めた。 《そこいらねぇだろ》 《私はいる》 短い文字だった。 凪はしばらく画面を見て、それから打つ。 《続きは一緒にやる》 既読がつく。 《待ってる》 凪はノートを閉じた。 * 十六日目の夜、仕事を終えて部屋へ戻ると、凪はまた同じノートを開いた。 十日目に月城へ送った時より、曲は少しだけ先へ進んでいる。 最初のコードを鳴らし、少し待って、もう一つ。 次へ進む前に手を止める。 そこへ何か入れることはできたが、凪は入れなかった。 別の場所でも同じように一つ残し、そのまま一分ほど録る。 聞き直してから月城へ送ると、ギターを膝に置いたまま待った。 画面が光る。 《増えたね》 凪は眉を寄せる。 《何が》 《私の場所》 指が止まった。 凪はノートを見る。 何も書かれていないところが、いくつか残っている。 《勝手に決めんな》 《違う?》 凪は画面を見たまま、しばらく動かなかった。 やがて打つ。 《帰ってきたら埋めろ》 少し待つ。 《分かった》 それだけだった。 凪はスマートフォンを伏せ、ギターを持ち直した。 最初から鳴らす。 途中で音が消える。 凪は次を急がなかった。

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