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第19話 撮る人がまた二人
数日後、『夜の向こう側』のMV企画は、まだ正式には決まっていなかった。それでも相沢涼の手元では、少しずつ形になり始めている。
アトラボ四階の打ち合わせスペースには、映像のラフと衣装の方向を示す資料が広がっていた。
凪隼人は一通り目を通し、最後の一枚をテーブルへ戻す。
背景は作り込みすぎない。派手な演出も使わない。
二人が同じ場所にいることを撮りたい。
相沢が最初に言ったものは、まだ残っていた。
それなら凪にも分かる。
問題は別にある。
「で」
向かいにいる相沢を見る。
「なんで人増えてんだよ」
相沢の隣には桂木有がいる。少し離れたところでは春野遥が衣装資料を見ていて、その横で青山美咲までタブレットを開いていた。
「必要だから」
相沢は簡単に答えた。
「桂木さんはスチール。春野さんはヘアメイク。美咲は全体の見え方」
「正式決定前じゃなかったのかよ」
「決まってから集めるより早いじゃん」
凪は返さなかった。
こういう時の相沢は、止めても大して変わらない。
春野が凪の前へ来て、髪の長さと落ち方を見る。
「今くらいがいいですね」
「何が」
「髪です」
横から相沢が口を挟んだ。
「最近の凪、色気すごいんだよね」
凪はすぐにそちらを見る。
「本人の前で言うな」
春野は否定せず、もう一度凪を見た。
「じゃあ、色気プラスで」
「何でそうなる」
相沢は妙に納得している。
「分かってる」
「お前ら何を共有してんだよ」
そこで美咲がタブレットから顔を上げた。
凪を数秒見てから、春野を見る。
「待ってください。今もう結構きてます」
嫌な予感しかしない。
「何が」
「過積載です」
「だから俺を荷物みたいに言うな」
美咲は真顔のままだった。
「足すより逃がした方がいいです」
春野が少し考える。
「じゃあ、全部整えない方向で」
「それがいいです」
二人の間で話がまとまっていく。
凪はもう止めなかった。最後に自分が嫌なら断ればいい。
その少し外で、桂木だけが黙っていた。
資料ではなく、凪を見ている。
顔を向けても視線は外れなかった。
「何」
「今のままで写真はかなりいいです」
「聞いてねぇ」
「言いたかったので」
相沢が桂木を見る。
「ほんと写真の話になると入ってくるよね」
「仕事なので」
「俺も仕事なんだけど」
桂木は返さず、資料の中から一枚を抜いた。
以前のRidgelineの広告だった。相沢、紫月颯、凪が並んでいる。
「これ、俺が撮りましたから」
相沢が顔を上げる。
「知ってるよ。撮られたから」
「今も撮りに来る人いるの知ってます?」
「知ってるって」
「あの場所、ちょっと観光地化してますよ」
「自慢すんな」
桂木は広告を見たまま言った。
「俺が撮りました」
相沢が黙った。
「桂木、永遠に写真の中で黙ってろ」
凪は吹き出した。
春野は慣れたように額へ手をやり、美咲も小さく息を漏らす。
桂木だけが、何を言われたのか分からない顔をしていた。
「でも良かったでしょう」
「そこは否定してない」
「じゃあいいじゃないですか」
「そういうとこだよ」
やり取りはまだ続いていたが、凪はテーブルの端へ置かれた広告を見た。
以前の自分。
三人で立っている中で、一人だけ少し視線が遠い。
最近、相沢にも月城にも、見られ方が変わったと言われている。自分ではよく分からないが、カメラを向けられた時に前ほど邪魔だと思わなくなったのは確かだった。
相沢は動いている途中でそれを拾いたい。
桂木は止まった一瞬で残したい。
同じものを見ているようで、欲しがる瞬間は違う。
そこだけは少し面白かった。
「玲士さんは?」
相沢の声で顔を上げる。
「何が」
「今日来るって言ってたよね」
「仕事終わったら」
相沢は何でもないように頷いた。
その横で、桂木の視線がわずかに動く。
凪は見逃さなかった。
「おい」
「何ですか」
「今、玲士撮る気になっただろ」
桂木は少し考えた。
「今日はまだ見てません」
「否定になってねぇ」
「二人で並んだ時に強いのは、前に見て分かったので」
凪は眉を寄せた。
「まとめんな」
「でも事実です」
相沢まで頷く。
「そこは俺も分かる」
凪は二人を見比べた。
さっきまで動いている方だ、止まっている方だと別のものを欲しがっていたくせに、こういうところだけ意見が合う。
「仲良くすんなよ」
「してない」
「してません」
返事だけが重なった。
春野が笑った。
少しして、打ち合わせスペースの外から足音が近づいてきた。
月城玲士だった。
仕事を終えてそのまま来たらしく、濃い色のスーツ姿で中へ入ってくる。
「ずいぶん賑やかだね」
凪はそちらを見た。
仕事帰りの月城も、スーツ姿も見慣れている。
それでも、この場所へ入った途端、周囲の視線が少し変わった。
春野が顔を上げる。
美咲も見る。
相沢の視線は月城から凪へ移り、また戻った。
桂木は黙った。
それが一番分かりやすかった。
凪は椅子の背へ身体を預けた。
何も知らない月城が、そのまま隣へ来る。
「進んだ?」
「勝手にな」
「君が断ってないからでしょう」
「お前まで言うな」
月城が笑う。
桂木の手が、カメラバッグの近くで止まった。
凪はすぐそちらを見る。
「桂木」
「はい」
「撮るなよ」
「まだ出してません」
「撮る気だっただろ」
否定はなかった。
相沢が月城を見る。
「玲士さん、今度ちょっとテストで立ってみて」
「私も?」
「オマケから昇格するかもしれない」
月城が眉を上げる。
「扱いが雑だね」
凪は二人のやり取りを聞きながら、隣に立った月城を見た。
自分を撮る話だったはずなのに、いつの間にか月城まで画面へ入れられ始めている。
声だけではない。
顔も、立ち方も、凪の隣にいる時の距離まで見つけられていく。
桂木の視線がまた月城へ向く。
それが少しだけ、気に入らなかった。
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