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第22話 場所ならあるよ

翌週、『夜の向こう側』のMVは、ようやくロケ地を決めるところまで進んでいた。 アトラボ四階の打ち合わせスペースには、相沢涼が集めた候補写真が広がっている。スタジオ、古い洋館、ホテル、郊外のハウススタジオ。 凪隼人は一通り見て、最後の一枚をテーブルへ戻した。 どれも綺麗だった。 綺麗すぎる。 「違うな」 相沢が顔を上げる。 「どれが?」 「全部」 凪は写真の端を指で押さえた。 「この曲、こんなきっちりしてねぇだろ」 相沢も候補へ視線を戻した。 派手な背景は使わない。二人が同じ場所にいるところを撮る。 最初からそこは変わっていない。 だからこそ、場所だけが完成しすぎていると違った。 桂木有が洋館の写真を一枚持ち上げる。 「写真ならこれ、かなり強いですけどね」 「動画だと強すぎる」 相沢が返した。 今回はそれ以上続かない。 二人が同じものを見ても、欲しいものが違うことには凪ももう慣れていた。 少し離れたところでは、春野遥と青山美咲が衣装案を確認している。 美咲が候補写真から顔を上げた。 「生活感、少しあった方が良くないですか」 春野も頷く。 「作った場所じゃなくて、誰かが使ってる場所の方が合いそうですね」 相沢の手が止まった。 「そうなんだよね」 凪も写真を見る。 スタジオなら画面にはなる。 ホテルも使える。 でも『夜の向こう側』が生まれたのは、そういう場所ではなかった。 月城が帰ってきた翌朝、二人でノートを広げた部屋。コーヒーを置いたテーブル。昼の光の中で、音が消えたあとも残っていた時間。 欲しいのは、そちらに近い場所だった。 「凪さんちは?」 桂木が聞く。 「無理」 「撮れますよ」 「撮れるかどうかじゃねぇ」 凪の部屋には音も生活もある。 だからこそ、外へ出したくはなかった。 相沢もそこは押さなかった。 「玲士さんの家は?」 美咲が聞いた。 少し離れた席で資料を見ていた月城玲士が顔を上げる。 「私の?」 「広そうなので」 「理由が雑だね」 凪は少し笑った。 月城の家なら何度も行っている。『夜の向こう側』を最後まで仕上げたのも、あの部屋だった。 けれど相沢は少し考えたあと、首を傾げる。 「そこも違う気がする」 「じゃあ何が欲しいんだよ」 相沢は候補写真を見たまま答えた。 「仕事から遠い場所」 凪も顔を上げる。 「アトラボでもVERTEXでもない。スタジオでもない。でも音が置ける場所」 月城の手が止まった。 少しして、資料を閉じる。 「場所ならあるよ」 相沢がすぐそちらを見る。 「どこ?」 「山梨」 凪も月城を見る。 「何があんの」 「家」 「家?」 「別荘」 凪は数秒、月城の顔を見た。 「お前、別荘持ってんの?」 「持ってるよ」 「初めて聞いた」 「話してなかったからね」 美咲が小さく息を漏らした。 何か言いそうだったが、今回は黙った。 月城はスマートフォンを取り出し、何枚か写真を開く。 大きな窓と、広すぎない庭。木立に囲まれた家だった。 派手な豪邸ではない。 それでも、新しく作られた場所ではないことは分かった。 長く使われてきた家だった。 相沢の目が変わる。 桂木も横から画面を覗いた。 今度は二人とも何も言わない。 凪は写真より、月城の横顔を見た。 「昔からあんの?」 「あるよ」 「お前が買ったの?」 月城は少しだけ間を置いた。 「今は私のもの」 「今は?」 月城の視線が凪へ向く。 「昔は実家のものだった」 「家族で使ってた?」 「うん」 凪はもう一度写真を見る。 仕事で手に入れたものとは違う。 月城が今よりずっと若かった頃から、そこにあった場所だった。 「じゃあ今は?」 「買い取った」 「わざわざ?」 月城はスマートフォンを伏せた。 「残したかったから」 それだけだった。 凪もそれ以上は聞かなかった。 相沢が写真を見ながら聞く。 「音出せる?」 「一部屋だけ。簡単な制作環境はあるよ」 相沢が初めて笑った。 「かなりいいかも」 桂木も短く頷く。 今回は自分の写真の話を始めなかった。 春野と美咲も、窓から入る光や衣装の話を小さく始めている。 凪はもう半分も聞いていなかった。 月城の別荘。 まだ知らない時間が残っている場所。 「見に行く?」 月城が凪へ言った。 「俺?」 「ロケ地候補なんでしょう」 「相沢も行くだろ」 「もちろん」 すぐに返ってきた。 凪はもう一度スマートフォンの写真を見る。 木立の向こうにある家。 「……行く」 月城が頷いた。 凪はテーブルに残っていた候補写真を重ねた。 さっきまで見ていたスタジオもホテルも、もうほとんど頭に残っていなかった。

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