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第25話 外へ出る前

『夜の向こう側』は、撮影を終えてから急に外へ向かい始めた。 映像の仮編集が上がり、Aurora Labelでは公開に必要な確認が進んでいる。 その途中で、凪隼人は何度か同じ名前の並びを見た。 凪隼人、月城玲士。 Ridgelineではない。 Blue Hourでもない。 二人で作った曲を、そのまま二人の名前で出す。 月城がVERTEX MUSIC GROUPの専務である以上、完全に私的なものとして外へ出せるわけではない。VERTEX側の確認も入り、Aurora Labelでは名取圭吾と白石梓が公開までに必要なものを整理していた。 凪は細かい書類までは追わなかった。 止めるものがあるのか。 今のところ、それだけ分かればよかった。 数日後の午後、アトラボ五階の確認室で、凪は仮編集されたMVを最初から見ていた。 山梨の別荘。 大きな窓と、色を落とした木々。 制作部屋でギターを持つ自分。その少し先にいる月城。 派手な場面はほとんどない。 同じノートを見る。 凪が音を止めれば、月城がその先を受ける。 触れている場面もほとんどなかった。 それでも、二人が同じ場所にいることだけは画面から消えない。 撮影している時には気づかなかった視線まで残っていた。 凪が月城を見る。 月城が少し遅れてこちらを見る。 その間まで、映像になっている。 相沢涼は余計なものを足していなかった。 だからこそ、月城が目に入る。 声だけではない。 何もしていない時の姿まで、画面の中に残る。 凪は椅子へ深く座り直した。 「どう?」 相沢が聞く。 「思ったより普通」 「褒めてる?」 「たぶん」 相沢が笑った。 壁際では桂木有がスチール候補を確認していた。何枚か送ったあと、一枚を凪の方へ向ける。 別荘の窓際。 凪がギターを持ち、月城がその横にいる。 二人ともカメラを見ていない。 「これ、かなりいいです」 「自分で言うな」 「俺が撮ったので」 「知ってる」 凪は写真を見る。 月城へ先に目が行った。 静止画になると、余計に逃げ場がない。 「これも出んの?」 「候補です」 凪は写真をテーブルへ戻した。 「何?」 相沢が聞く。 「別に」 「玲士さん写ってるから?」 凪はそちらを見る。 「何でそうなんだよ」 「違うならいいけど」 相沢はそれ以上言わなかった。 凪も返さない。 映像の再生が終わる。 暗くなったモニターには、部屋の中だけが薄く映った。 相沢が操作卓へ手を置く。 「映像は、だいたいこれで行けると思う」 「うん」 「音は?」 凪は暗い画面を見る。 撮影に使った音源は悪くない。 自分のギターも、月城の声も、二人で作ったものとしてちゃんと残っている。 それでも、公開用として聞くと少し違った。 「まだ決めてない」 「録り直す?」 「分かんねぇ」 相沢は少しだけ凪を見た。 「じゃあ、まだ閉じないでおく」 「うん」 今はそれでよかった。 確認室を出ると、スマートフォンに月城からメッセージが入っていた。 《どうだった?》 凪は歩きながら返す。 《映像はいい》 すぐに既読がついた。 《音は?》 指が止まる。 《まだ》 少しして、 《分かった》 と返ってきた。 それ以上は来なかった。 * その日の夜、月城から電話がかかってきた。 凪はソファへ座り、スマートフォンを耳へ当てる。 「何」 『確認終わった?』 「終わった」 『映像はほぼ固まったって聞いたよ』 「うん」 『音はまだ?』 凪はローテーブルに置いた譜面を見る。 「悪くはねぇ」 『うん』 「でも、まだ出したくない」 少し間があった。 『なら、出さなければいい』 「簡単に言うな」 『急ぐ理由がないからね』 「VERTEXとか大丈夫なの」 『公開日が決まっていないなら問題ないよ』 「ふーん」 会話が止まる。 凪は譜面の端へ指を置いた。 月城の声が続く。 『映像、そんなに気になった?』 「何が」 『私が映ってること』 指が止まる。 「……相沢から聞いた?」 『何も』 「じゃあ何で分かんだよ」 『君だから』 「意味分かんねぇ」 『分かるよ』 「何が」 『さっきから、音の話より映像の話ばかりしてる』 凪は黙った。 電話の向こうでは、月城も急かさない。 「お前、画面の中だと目立つ」 『そう?』 「そう」 『褒めてる?』 「褒めてねぇ」 『残念だな』 「全然残念そうじゃねぇ」 月城が少し笑った。 凪はソファへ背を預ける。 「他のやつも見るんだろうな」 今度は月城が黙った。 『公開したらね』 「……そうだよな」 『隼人』 「何」 『それが嫌?』 凪はすぐには答えなかった。 譜面の上に置いていた指を動かす。 一度めくりかけて、やめる。 「分かんねぇ」 月城は何も言わなかった。 凪は少しして続ける。 「音も、まだこのまま出したくねぇ」 『うん』 「でも、お前があんな残ると思ってなかった」 『あんなって?』 「目立つ」 『またそれ?』 「うるせぇ」 月城が笑う。 凪は眉を寄せた。 「笑うな」 『ごめん』 「絶対思ってねぇだろ」 『少し嬉しいだけ』 「何が」 『君が気にしてること』 凪は返さなかった。 電話の向こうに月城の呼吸だけが残る。 少しして、凪は譜面を手元へ引いた。 「もうちょい待って」 『もちろん』 「決まったら言う」 『待ってるよ』 凪は通話を切った。 ローテーブルの横に置いていたギターへ手を伸ばす。 まだ何を変えるかは決めていない。 最初の音を鳴らす。 少し待って、次へ進んだ。

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