27 / 27
第27話 見つかった人
『夜の向こう側』の公開日は、十二月最初の金曜に決まった。
前日の夜、Aurora Labelから告知が出る。
凪隼人、月城玲士。
RidgelineでもBlue Hourでもない。
二人で作った曲を、そのまま二人の名前で出す。
凪は告知画面を閉じたあとも、その並びをしばらく頭に残していた。
公開当日、昼を過ぎても凪はアトラボ五階のスタジオにいた。
名取圭吾と白石梓から最終確認は済んでいる。今さら自分がすることはほとんどない。
だからこそ、落ち着かなかった。
ギターを鳴らしても集中は続かない。何度もスマートフォンへ手が伸びる。
「お前、さっきからそればっかだな」
操作卓の向こうから紫月颯の声が飛んできた。
「何が」
「時間」
「見てねぇよ」
「見てる」
凪はスマートフォンを伏せた。
少しして、月城へ送る。
《何時まで仕事》
《今日は早めに出られると思う》
《公開見る?》
《もちろん》
その返事を見て、ようやくギターケースを閉じた。
*
月城が来たのは、公開の二十分ほど前だった。
玄関を開けると、スーツの上にコートを着た月城が立っている。
「ただいま」
「ここお前んちじゃねぇ」
「最近は半分くらいそうじゃない?」
「勝手に増やすな」
凪は身体をずらして中へ入れた。
テーブルには夕飯を並べてあったが、月城はテレビを見る。
「先に食べる?」
「公開してからでいい」
「どうして」
「隼人が落ち着かないから」
「別に」
「じゃあ食べる?」
少し黙ってから、
「あとでいい」
と答えると、月城が笑った。
テレビには公開ページを映してある。
サムネイルは、別荘の窓際で撮った一枚だった。ギターを持つ凪と、その横に立つ月城。
凪は何度見ても、先に月城へ目が行く。
「玲士」
「何?」
「これ、お前の方が目立ってねぇ?」
「そうかな」
「そうだよ」
「隼人もいるよ」
「いるけど」
「ならいいじゃない」
「よくねぇ」
月城は理由を聞かなかった。
公開時刻になる。
ページが切り替わり、山梨の別荘が映る。
ギターが入り、そのすぐあとに月城の声が重なった。
録り直した自分の音は前より近い。声を押しのけず、離れて待ちもしない。
画面の中でも、二人はほとんど触れていない。それでも同じ場所にいることは消えなかった。
最後に名前が出る。
凪隼人。
月城玲士。
画面が暗くなってから、月城が言った。
「出たね」
「うん」
「後悔してる?」
凪は少し考えた。
「してねぇ」
「よかった」
しばらくして公開ページを更新すると、曲や映像への反応が増えていた。
その時、スマートフォンが震える。
澄川律だった。
《聴きました》
続けて、
《ギター、前より近いですね》
凪の指が止まる。
《分かんの?》
《分かります》
それだけだった。
凪は少し笑って、スマートフォンを伏せた。
何度も自分の音を近くで聴いてきた澄川なら、そこを拾うのかもしれない。
さらに更新すると、違う言葉が混じり始めた。
《月城玲士って誰?》
隣から月城が画面をのぞく。
「見つかったね」
「嬉しそうに言うな」
また更新する。
《このボーカルの人、声すごく好き》
《映像の人、雰囲気ある》
SNSにも反応が流れ始めていた。
《凪隼人目当てで見たら隣の人が気になった》
《月城玲士、声も顔も強い》
《この二人の並びがいい》
凪はスマートフォンを伏せた。
「……顔もって何だよ」
月城が少し笑う。
「見たままじゃない?」
「お前、自分で言う?」
「私は何も言ってないよ」
「否定もしねぇじゃん」
「否定する理由もないし」
凪は横を見る。
月城は本当に気にしていないらしい。
「妬いてる?」
「まだ」
「まだ?」
「今はまだ」
月城の目が少し細くなる。
「予告なんだ」
「知らねぇ」
凪は立ち上がった。
「飯食う」
「そうしようか」
食事を始めても、スマートフォンは何度か震えた。
三回目で凪は結局手を伸ばす。
「見るんだ」
「うるせぇ」
《もっと月城玲士の歌聴きたい》
《この人ソロで歌わないのかな》
凪は無言で画面を送る。
《凪と月城、また一緒にやってほしい》
そこだけは少し気分が変わった。
「それはいい」
月城が笑う。
「基準が分かりやすいね」
「何が」
「私単独は嫌で、君と一緒ならいい」
凪はスマートフォンを伏せた。
「当たり前だろ」
「そうなんだ」
「そう」
月城はそれ以上からかわなかった。
食べ終わると、凪が皿を洗い、月城が隣で拭く。
「玲士」
「何?」
「ほんとに、もっと歌いたいとか思ってねぇ?」
月城は布巾を持ったまま凪を見る。
「今のところは」
「今のところ?」
「隼人との曲だったから歌ったんだよ」
凪は蛇口を止めた。
「それならいい」
「やっぱり分かりやすいね」
「うるせぇ」
最後の皿を月城へ渡す。
テーブルの上で、スマートフォンがまた震えた。
今度は取りに行かなかった。
凪は月城の肩へ少し身体を寄せる。
月城は何も言わず、その距離のまま隣にいた。
ともだちにシェアしよう!

