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第30話 これからずっと
『夜の向こう側』の公開から十日ほど経った頃、Aurora Labelにまとまった取材が入った。
対象は凪隼人と月城玲士、それにMVを手がけた相沢涼。曲そのものだけではなく、映像の反響、Blue HourとRidgelineの接続、今後の海外展開まで含めて聞きたいという企画だった。
今回は曲だけでなく映像にも反応が集まり、相沢の過去作や受賞歴まで改めて取り上げられているらしい。
凪は名取圭吾から説明を聞き、渡された資料へ一度だけ目を通した。
「相沢も?」
「今回は映像込みの企画ですから」
「ふーん」
「本人はもう了承してます」
「いつの間に」
「先に確認が回ってました」
名取はそう答えて資料を閉じた。
*
取材当日、アトラボ二階の小ホール脇には、撮影と取材のためのスペースが用意されていた。
三人分の椅子が並び、その少し先には撮影機材が置かれている。
凪は自分の席へ座り、スタッフと話している相沢を眺めた。
こういう場には慣れている。Ridgelineとしてなら何度も座ってきたし、聞かれることも大体分かる。
違うのは、今日はもう一人、月城がいることだった。
濃い色のシャツにジャケット。凪が横を見ると、すぐに気づかれた。
「何」
「別に」
「またそれ?」
「うるせぇ」
反対側では相沢が戻ってきて、何も言わず椅子へ座る。
取材は『夜の向こう側』そのものの話から始まった。
どうやって曲が生まれたのか。なぜ最初から公開を前提にしなかったのか。映像をつけることになったきっかけや、山梨をロケ地に選んだ理由まで、質問は順番に進んでいく。
凪は聞かれたことだけ答え、月城も必要以上には話さなかった。
相沢には、なぜこの曲を映像にしたかったのかという質問が向く。
「最初に聴いた時から、映像がある方がいいと思ったんです」
「かなり静かなMVになりましたよね」
「曲にもう必要なものがあったので、映像で足しすぎない方がいいと思いました」
取材相手は頷き、そのまま映像の構成や過去作品との違いへ話を移した。
「今回、映像そのものへの評価もかなり高いですが、反響は意識されましたか?」
「公開してから知りました。撮ってる時は、曲に合うかしか見てないです」
受賞歴について触れられても、相沢はそれ以上話を膨らませない。
凪は横で聞きながら、相沢らしいと思った。
やがて話題がBlue Hourへ移った。
月城が以前Blue Hourとして活動していたこと。今回、久しぶりに自分の声を外へ出したこと。
「一人で歌うなら、たぶんやっていなかったと思います」
月城がそう答えると、取材相手が続けた。
「今回は凪さんとの曲だったから?」
「そうですね。凪さんとの曲だったから、声を入れました」
凪は横を見る。
月城は前を向いたままだった。
「凪さんは、最初から月城さんの声を想定していたんですか?」
今度は視線が凪へ向く。
「してない」
「途中から?」
凪は考えてから答えた。
「作ってたら必要になった」
「声が?」
「玲士の声が」
隣で月城が笑った。
凪はすぐにそちらを見る。
「何」
「いや」
「笑うな」
取材相手も笑ったが、それ以上そこへ踏み込まず、過去にBlue Hourの楽曲をRidgelineで扱ったことへ質問を移した。
月城は、自分の曲を別の形で出すことに迷いはなかったと話す。
「作った時の形に戻さないと残せない曲ではないので。今のRidgelineが鳴らした方が届くなら、それでいいと思っています」
「では、Blue Hourそのものが復活する可能性は?」
月城は間を置いてから答えた。
「今のところはありません」
凪の眉が動く。
月城はそれに気づいたようだったが、そのまま言葉を続けた。
「Blue Hourだった頃の音を消したいわけではありません。ただ、同じ形へ戻す必要もないと思っています」
「今回の『夜の向こう側』も、Blue Hourの復活ではない?」
「違います」
今度は凪が答えた。
「玲士と作った曲。Blue HourでもRidgelineでもない」
月城がこちらを見る。
その視線を受けたあと、相沢が自然に言葉を継いだ。
「だから二人の名前で出す形が、一番自然だったんだと思います」
凪はそれには何も言わなかった。
話題はRidgelineへ移った。
国内での活動や海外での反応、これからどこへ音を持っていくのか。相沢には映像を海外へ持っていく時の考え方が、凪には音そのものについて質問が向く。
そして最後に、VERTEX側として長くRidgelineを見てきた月城へ話が振られた。
「海外展開を現実的に考え始めたのは、いつ頃からだったんでしょう」
月城は考えてから答える。
「かなり早い段階からです」
「まだ国内中心だった頃から?」
「はい」
「どういう部分に可能性を感じていましたか?」
月城は隣の凪を見る。
その視線に、凪は覚えがあった。
焼き鳥屋で昔の話を聞いた夜。七歳の発表会も、九歳のコンクールも、十一歳のことも、月城は覚えていた。
本人からもう聞いているから、驚きはしない。
月城は前へ視線を戻した。
「凪の音は、かなり以前から聴いています。Ridgelineより前ですね」
取材相手が身を乗り出す。
「その頃から、海外でも成立すると?」
「海外という言葉を最初から当てていたわけではありません。ただ、言葉が届かない場所でも残る音だとは思っていました」
凪は黙って聞いた。
「彼は、音をどこへ置くかを自分で決める人です。周りに合わせて形を変えるより、自分が必要だと思った場所へ置く。その部分は昔から変わっていないと思います」
焼き鳥屋で聞いた話より、ずっと外向きの言葉だった。
月城は、出していいところだけを選んでいる。
「かなり長く見てこられたんですね」
「そうですね。長いです」
凪は思わず口を挟んだ。
「長すぎるけどな」
月城が横を見ると、取材相手が笑った。
「ご本人にも言われるんですね」
「言われています」
「音のストーカーだから」
月城の目が細くなり、隣では相沢も笑っている。
「それ、ここでも言うんだね」
「事実だろ」
その話はそこで終わり、質問は今後のRidgelineへ移った。
相沢は、場所が変われば映像の作り方も変わると話し、凪は行った先で鳴らしてみないと分からないと答える。
月城も、VERTEXとして広げること自体を目的にはしていないと話した。
「届く場所が増えるなら支えます。ただ、届くために音を変えるつもりはありません」
凪はその言葉だけは気に入った。
最後に、『夜の向こう側』のあとも二人で曲を作る可能性があるかと聞かれる。
「作りたくなったら作る」
「私もそれでいいです」
月城が頷いたあと、続けて一人で歌う可能性を聞かれた。
「今のところは考えていません」
凪の眉が寄る。
「また今のところって言った」
取材相手が笑う。
「そこ、気になります?」
「別に」
月城も笑ったが、凪はそれ以上何も言わなかった。
取材のあと、そのまま撮影へ移った。
三人のカットから始まり、凪と月城、相沢単独、凪単独と順番に進む。
最後に月城一人のカットも欲しいと言われ、凪は離れた場所からそれを見ていた。
前ほど腹は立たない。
今回の企画に必要な一枚だということも分かっている。
それでも、月城へ向けてシャッターが続けば、面白くないものは面白くなかった。
カメラマンが何か声をかけると、月城が笑う。
凪の眉が寄った。
そのあと月城がこちらを見る。
目が合うと、表情が変わった。
凪は何も言わず、その視線を受ける。
撮影が終わると、月城はスタッフへ挨拶をしてから戻ってきた。
相沢は別の確認に呼ばれ、そのまま残るらしい。
凪と月城は二人でエレベーターへ向かった。
扉が閉まると、月城が横を見る。
「どうだった?」
「何が」
「取材」
凪は考えてから答えた。
「普通」
「それだけ?」
「あと」
「うん?」
「昔の話、あんまりしなかったな」
月城は目を細める。
「全部話す必要はないからね」
「七歳とか?」
「言わないよ」
「九歳も?」
「言わない」
「十一歳」
「隼人」
凪は笑った。
「分かってる」
月城も笑う。
焼き鳥屋で聞いた話は、今日の取材には出なかった。
それでよかった。
「あと」
「何?」
「お前が一人で撮られてんの、やっぱ嫌」
「うん」
「でも止めねぇ」
月城の表情が変わる。
「仕事だからな」
「ありがとう」
凪は前を向いたまま続けた。
「ただ、終わったら俺んとこ来い」
「今日だけ?」
凪が横を見る。
月城は平然とこちらを見ていた。
「これからずっと」
「分かった」
エレベーターが一階へ着く。
扉が開く前に、月城の指が一瞬だけ凪の手へ触れた。
ロビーへ出れば、二人はいつもの距離へ戻る。
凪はそのまま月城の隣を歩いた。
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