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第36話 夜のダンジョン

食事を終えても、凪は月城の手を離さなかった。 食器を片づける時だけ離れ、並んでキッチンへ立つ。 「それ置いといて」 「洗うよ」 「今日遅かっただろ」 「君だって仕事だったでしょう」 「俺はもう終わってる」 結局、月城が洗い、凪が拭いた。 いつもの流れだった。 さっきまで嫉妬の話をしていたことも、月城が《こんな男に抱かれたい》まで読んでいたことも、そのまま生活の中へ混ざっていく。 最後のグラスを伏せたところで、凪が横を見る。 月城はもう普段と変わらない顔をしていた。 「玲士」 「何?」 「やっぱ面白い」 「何が」 「お前が妬くの」 月城が手を止める。 「まだ言うの?」 「だって珍しい」 「君はずいぶん楽しそうだね」 「嬉しいって言っただろ」 月城は何も返さず、凪の額を指で押した。 「痛ぇ」 「嬉しそうだから」 凪は笑った。 * 風呂を済ませ、リビングの灯りを落とした頃には日付が変わっていた。 月城が隣へ横になると、凪はすぐに身体を寄せた。 胸元へ手を置く。 月城の手も自然に背中へ回った。 「寝ないのかい?」 「眠れない。夜のダンジョンする」 「なんだいそれ」 「美咲語。分かるだろ?」 「便利だね、それ」 凪は笑って、そのまま口づけた。 触れるだけだったものが、すぐに深くなる。 一度離れても、どちらからともなくまた近づいた。 腰を引き寄せられた瞬間、喉の奥から声が漏れる。 凪が顔を伏せると、月城の手が背中をゆっくり撫でた。 「隠さなくていいよ」 耳元へ落ちた声が低い。 凪は顔を上げる。 「君の声、私しか聞いてないから」 熱が一気に上がった。 返事の代わりに深く口づける。 触れられるたびに呼吸が崩れ、隠そうとする前に声が出た。 見られていると分かっていても、もう止めなかった。 月城の余裕が崩れていくのも同じだった。 凪は今度は自分から月城を押し戻す。 触れ方を変えると、月城の呼吸が途切れた。 短い声が落ちる。 それだけで、もっと聞きたくなる。 「玲士」 名前を呼ぶと、すぐに手が伸びてきた。 引き寄せられ、唇が重なる。 今度は月城の方が離さなかった。 距離が変わるたびに呼吸が乱れ、どちらかの声が漏れるたび、また近くなる。 恥ずかしくないわけではない。 それでも今夜は、それを理由に止まらなかった。 凪は月城の頬へ触れた。 「玲士」 「うん」 「俺のとこにいろよ」 月城の目がまっすぐ返ってくる。 背中へ回った腕が強くなった。 「いるよ」 それだけで力が抜けた。 凪は月城の肩へ額を預ける。 抱かれたまま、しばらく顔を上げられなかった。 月城は何も言わず、背中を撫でている。 やがて凪が顔を上げた。 「もう一回」 月城が笑う。 返事の代わりに、深く口づけられた。 そこから先は、ほとんど言葉にならなかった。 名前だけが残る。 離れかければ、どちらかが引き戻す。 声を隠さず、相手の熱からも逃げなかった。 夜がどこまで深くなったのか、もう分からない。 最後には月城の胸へ頬を寄せ、凪は乱れた呼吸が静まるのを待っていた。 背中を撫でる手だけが、まだ動いている。 「玲士」 「うん」 凪は目を閉じたまま、月城へ腕を回した。 「もう戻れないな」 月城の手が一度だけ強くなる。 「戻す気ないよ」 凪も、もう戻りたいとは思わなかった。

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