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第32話 恋人だから

その日の夜、久しぶりに予定が合い、二人は以前から使っているジムで待ち合わせた。 最初に凪が月城を連れてきてから、それぞれ時間がある時に通うようになっている。予定が合えば一緒に来るが、仕事が重なれば別々になることも多かった。 凪が先に着替えを終えてストレッチをしていると、遅れて月城が更衣室から出てきた。 白に近いグレーのTシャツと黒のトレーニングパンツ。 見慣れた格好のはずなのに、今日は視線が長く止まった。 最初にここへ連れてきた頃より、肩から腕へ落ちる線がはっきりしている。 月城がこちらを見る。 「何?」 「別に」 「今日はそれで通すの?」 「うるせぇ」 月城は笑い、自分で身体をほぐし始めた。 最初の頃なら、凪が横からあれこれ言っていた。 体力をつけろと半ば強引に連れてきたくせに、動けばすぐ休みたがる月城を面白がって、何度もおじさんと呼んだ。 今はもう、自分で準備を終えて先にマシンへ向かっている。 ランニングマシンへ並ぶと、月城は迷わず速度と傾斜を設定した。 数字を見て、凪が眉を上げる。 「そこまで上げんの?」 「最近はこれくらい」 「いつの間に」 「君がいない時にも来てるからね」 走り始めても、月城の呼吸は大きく乱れなかった。 凪も自分の設定を済ませる。 しばらく横を見ていると、すぐに気づかれた。 「何?」 「見てねぇ」 「見てたよ」 「前見ろ」 「君もね」 凪は速度を上げた。 それでも月城の足は止まらない。 以前なら、とっくに何か文句を言っていた頃だった。 「玲士」 「何?」 「もう、おじさんじゃねぇな」 月城がこちらを見る。 「急に失礼な話が終わったね」 「褒めてんだよ」 「ずいぶん時間がかかったね」 「前はほんとに体力なかっただろ」 「否定はしないよ」 凪は笑った。 その後も月城は自分のペースを崩さなかった。 筋力トレーニングへ移ってからも、使うマシンも負荷も自分で決めていく。以前なら凪が直していた位置も、もう何も言う必要がない。 月城が一セットを終えて水を飲む。 「続いてんな」 「君が始めさせたんでしょう」 「そうだけど」 「責任持って」 「何の責任だよ」 月城が笑う。 次のセットへ入ると、Tシャツ越しに肩が動いた。 凪の視線がそこへ止まる。 「隼人」 「何」 「今日はよく見るね」 「見てねぇ」 「もう無理があるよ」 凪は黙った。 月城がこちらを向く。 「まだ記事のこと気にしてる?」 「気にしてねぇ」 「手とか肩とか?」 「言うな」 月城が笑う。 凪はボトルを取った。 「他のやつに見つかるのが嫌なだけ」 「君は見ていいの?」 「当たり前だろ」 返事だけはすぐに出た。 月城が黙る。 「ずいぶん堂々と言うね」 「恋人だから」 「それは強い」 凪は水を飲んだ。 「しかも俺の方が先に知ってる」 「競争なの?」 「今日はそう」 「子どもだね」 「うるせぇ」 月城は笑いながら次のマシンへ移った。 凪も自分のメニューへ戻る。 一緒に来ていても、ずっと隣にいるわけではない。それでも、どこにいるかは何となく分かる。 トレーニングを終え、それぞれシャワーを済ませた。 凪が先にラウンジで水を飲んでいると、月城が戻ってくる。 まだ乾ききっていない髪に、白いTシャツ。 最初にここへ連れてきた頃にも似た姿を見た。 あの頃と同じ言葉は、もう出てこなかった。 月城が近づく。 「また見てる」 「見てねぇ」 「今日はその言い訳、何回目?」 凪はボトルを下ろした。 「玲士」 「何?」 「お前、これ以上見つかるな」 月城が笑う。 「身体まで?」 「そう」 「どうすればいいの」 凪は考えた。 「知らねぇ」 「ジムやめる?」 「それは駄目」 すぐに答えると、月城が意外そうに見る。 「即答なんだ」 「せっかくここまで続いたのに、やめんなよ」 「おじさんじゃなくなったから?」 凪は月城を見る。 「根に持ってんの?」 「君が言い始めたんでしょう」 「もう言わねぇよ」 月城の目が細くなる。 「どうして」 「今のお前に言ったら俺が嘘つきになる」 月城は何も言わなかった。 凪は視線を外す。 「体力ついたし、前よりちゃんとしてるし」 「それは褒めてもらったと思っていい?」 「勝手にしろ」 「じゃあ、そうするよ」 月城が笑った。 凪はその顔を見て、また面白くなくなる。 「でも写真は増やすな」 「そこは変わらないんだ」 「変わらねぇ」 「仕事なら?」 凪は考えた。 「その時考える」 「成長したね」 「だろ」 「自分で言うんだ」 二人で受付を抜けた。 外へ出ると、十二月の冷たい空気が火照った肌に触れる。 並んで歩きながら、凪は月城の腕へ一度だけ視線を落とした。 月城はすぐに気づく。 「まだ見る?」 「俺はいいんだよ」 「どうして」 凪は前を向いたまま答えた。 「恋人だから」 月城の肩が軽く触れた。 凪も離れなかった。

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