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 遡ること一日前。  日が沈むころ、一日の仕事を終えたアウレスは夕飯の準備にとりかかった。  貰いものの野菜やきのこを一口サイズに切り、スープの入った鍋の中に入れ、じっくり火にかける。白パンをブレッドナイフで丁寧に切り、鉄のフライパンにバターを入れ、卵を割り落とす。焼けたらパンに乗せる。それらを木製の皿に乗せ、コップにミルクを入れてテーブルに並べる。  毎晩ほとんど変わらない食事に飽きもせず、アウレスは明日のことをぼんやりと考える。日が昇れば今日と変わらない一日がはじまるのだろう。  それがアウレス自身の望んだことである。  使い終わった皿を拭いていると、突然感じたことのないほどの強い魔力に襲われた。立っていることすらできないほどの強い魔力だ。皿が手から滑り落ちる。胸が強く締め付けられ、まともに息ができない。 「はぁっ……はぁっ……な、に……」  家の中には誰もいない。となれば、この強大な魔力は外にいる誰かのものだ。この家の周辺に人家はない。つまりわざわざ誰かがここへやって来たということになる。  アウレスは精一杯の力で立ち上がり、壁を伝いながら家の裏へと続く勝手口まで歩く。ほんの少しではあるが、正面玄関よりも勝手口側のほうが強い気がしたのだ。きっとそこにこの魔力の持ち主がいるのだろう。  力を振り絞ってドアノブを捻り、外に出る。アウレスの家のすぐ裏手には、広大な墓地が広がっている。不規則に並んだ白の十字架が夜の闇に浮かびあがる。  地の果てまで続くほどの無数の十字架が並ぶその場所に一人の男がいた。一列の真ん中の十字架に腰をかけて座っている。  夜の闇よりも黒く長い髪が風に靡く。彫刻を思わせるほど恐ろしく整った顔立ちの男は、静かにアウレスを見下ろした。血のように赤い目と目合う。 「お前が勇者アウレスか」  聞き心地のいい低い声は、しかしアウレスの耳には届かなかった。男の姿を捉えた瞬間、魔力の強さに耐えかねて意識を失ってしまったからだ。  魔力だけで人をこれほど苦しめることができるのは、魔王の他にいないだろう。しかし魔王は死んだ。この世にはすでに存在しない。  ならばこの男は一体何者なのか。  意識を失い土の上に倒れたアウレスには、男の正体を考えることすらできなかった。    意識を取り戻したアウレスはひどい倦怠感を覚えた。何度か瞬きを繰り返すと霞んでいた視界が徐々にクリアになる。同時に近くに自分以外の魔力を感じ、アウレスは慌てて上体を起こした。 「起きたか」  ベッド脇に座っていたのは大柄の男だった。その赤い目を見た瞬間、意識を失う前に見た光景を思い出す。 「……お前は、何者だ」  あの強い魔力は間違いなくこの男のものだ。今は抑えているのか、隣にいても問題はない。だが、あれほどの魔力を持つ者が単なる魔導師であるはずがない。 「私はクロエ。勇者アウレスを探してここに来た」 「……残念だが、ここにそんな魔導師はいない」 「世界を救うことのできる唯一の男だと思っていたんだが」 「思い過ごしだ」  アウレスはベッドにいながらも決して警戒を解かなかった。  なぜこの男は自分の正体を知っている? この国でアウレスの正体を知っているのは、国王ただ一人だというのに。

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