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 午前中の訪問者はルランダ一人だった。遠くで正午を知らせる鐘の音が聞こえる。昼食を摂るために一旦アウレスは部屋に戻る。外で待っていたクロエも後に続いて部屋に入る。  アウレスは雑草を抜いて汚れた手を洗い、昼食の準備をする。野菜ときのこと少しの肉を一緒焼く。コーンスープをマグカップに入れ、パンを切って皿に並べる。 「私の分はなくていい」 「食べないのか」 「魔族は、というより私は一日に三度も食事をする必要がない」  言われた通りアウレスは自分の分だけをテーブルに並べた。しかしクロエは朝と同じように向かいの席に座る。 「食べているところを見られるのは、変な感じだ」  クロエから視線を外し、アウレスはスープに口につける。自分で作っておいて、これが美味しいのか不味いのかもわからない。まともに食事ができない生活が長かったせいで、満腹になればそれでいいというのが一番だった。  食事を終え食器を下げる。キッチンで洗い物をしようとしたところで、後ろからクロエの手が伸びてきた。その手は食器を持つアウレスの手に重なる。息がかかるほどの距離だった。ほんの一瞬、アウレスの体が小さく震える。全神経を尖らせる。その様子をクロエはじっくり観察した。 「……何だ」 「怖くないのか」 「……ちょっと驚いただけだ」  食器を流し台に置くと、クロエはたしかめるようにアウレスの指一本一本に触れる。指先を摘んだり、根本を撫でたりする。アウレスはそれが終わるのをじっと耐えた。 「何がしたい」 「朝、人間の女に触れられたな」 「……ルランダさんか」 「あのときお前は抵抗しなかった。恐怖に震えることもなかった。お前の魔力が乱れることもなかった」 「触られること自体が苦手なわけじゃない」 「なら、なぜ泣いた」  昨日の夜、クロエに腹部を触られたときの話だと気がついた。 「……あのときお前は俺の体について指摘しただろ。それで、ちょっと昔の嫌なことを思い出したんだ」  クロエは驚いたように小さく目を見開いた。 「なぜ人間は過去に囚われる?」  振り返らずに前を向いて歩き続ければ、それはきっと幸せなのかもしれない。でも、それができない人間は大勢いる。 「何でだろうな。俺にもわからない」  人間にわからないのであれば、魔族にはもっとわからないだろう。 「いつか解放されるときは来るかもしれない。でも十年分の辛い過去があったら、そこから抜け出すに最低十年かかる。俺はそう思ってる」 「お前は何年経った?」 「さあ。数えてない」  どれほど長い間辛い時間を過ごしたのかもわからないのだ。そこから抜け出せる日などきっと気の遠くなるほど先の話だ。  もう一度クロエはアウレスの手に触れた。 「時間はいくらでもある」  魔族は、な。そう言いたい気持ちを抑えて、クロエの言葉に黙って頷いた。

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