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『むかし、むかし、あるところに、一人の勇敢な男がいました。名をミンフェルといい、正義感に満ち溢れた強い男でした。  大勢の仲間に慕われ成長したミンフェルは、十七歳で旅に出ることにしました。この世界には悪い魔法使いがいて、そういった者たちから苦しめられている人々がたくさんいると知ったからでした。  その事実に心を痛めたミンフェルは強い仲間たちとともに、世界平和のためにその力を使うことに決めたのです。  旅はとても穏やかで楽しいものでした。知らない国の文化に触れ、聞いたことのない言語を勉強し、食べたことのない食材でできた料理を口にすることができました』  二百年間、魔王がこの世界を支配していたことから、全世界五十二カ国すべてが同じ言語を扱っている。しかしそれ以外の文化には国や地域によっての違いが残ってる。  この国を出たことのないアウレスは、目を閉じて童話に出てくる料理や文化を想像した。特にアウレスが興味は示したのは、遠い東の国にある、淡いピンク色の花を咲かせる木だった。ピンク色の花は存在するが木に咲いているものは見たことがない。  もしこの童話にある通り、葉がすべてピンク色の花になる木があるとしたら、一体どれほど美しいのだろうか。青く澄み切った空を覆い尽くすほどのピンク色の花。風が吹けば花弁が散り、踊るように地面へと落ちていく。  アウレスは想像の中で、ピンク色の花びらを一枚手に取った。空を覆い尽くすほどのものであるのに、その一枚一枚はとても薄くて小さい。しかしアウレスには、その一枚の花びらが愛おしく思えた。 「眠くなったのか」  ソファの隣に椅子を置き座っていたアウレスは、クロエの声にゆっくりと目を開けた。 「想像してたんだ。ここに書かれていることを」     アウレスは印字された文字列を指の腹でなぞる。紙は黄ばんでいて、文字が薄くなっている部分もあった。クロエに教えもらったおかげで、その文字は見たことのない記号の羅列ではなく、一つの物語としてアウレスの頭の中に入り込んでいく。 「こんなに美しい世界があるなら、行ってみたいと思ったんだ」  アウレスは幼いころから、今自分がいる場所から出たいと思うことはあっても、どこかに別の場所に行きたいと思ったことは一度もなかった。外の世界がどんなものなのか全く知らなかったからだ。     生まれてはじめて持つその感情にアウレスはドキドキしていた。 「私はお前より美しいものを見たことがない」  クロエは本を閉じると、真っ直ぐにアウレスを見た。赤い宝石のような目を見ていると、自分がその中に閉じ込められて抜け出せなくなるような気がして、アウレスは視線をそらした。  美しいという単語を口の中でつぶやく。自分からはもっとも遠い場所にある言葉を、クロエはよく口にする。そのことがアウレスには理解できたなかった。 「俺は、お前が思うような人間じゃない」 「ならば、どういう人間だ?」 「……俺はきれいじゃない。こんな体になってから……人には言えないようなことをたくさんしてきた」  なるべく過去の記憶を思い出さないようにしながら言葉を紡ぐ。

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