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 アウレスは二度、口の中でその名前を繰り返し、男に向かって深く頷いた。男は安堵したように笑って、魔王討伐に向かうアウレスを見送った。 「魔王が死に、特権階級を与えられていた国王軍は一度解体され、その多くが生まれ育った故郷に戻りました。彼が国王軍に入隊して十四年の月日が経っていました。私はこのワンピースを着て彼の帰りを待っていました。十四年ぶりに会う彼が私を見つけられるように。国王軍に入隊する前に、彼が買ってくれたこのワンピースを着て、私は彼の帰りを待っていました」  彼女の瞳から涙が溢れ、台座に彫られた名前を濡らす。 「私の元に来たのは、見ず知らずの男性でした。彼と共に投獄されていたというその男性は、彼が私宛にたくさんの手紙を書いていたこと、そしてその内容を覚えている限り話してくれました」  私は間違っていたんでしょうか。彼女はもう一度そう口にした。 「あのとき私が止めていれば、彼は死なずに済んだのかもしれない。辛い思いをしなくて済んだのかもしれない」  ここに来る訪問者たちのほとんどが常に自分の過去の選択について悔やみ、今でもそのことに苦しめられている。  ああしていれば、死ななたかったかもしれない。こんなふうにしていれば、今もあの人は自分のそばにいたかもしれない。  積み重ねた選択がここに繋がるとわかっていれば、どこかで変えることができたのに。 「悔やんでも仕方ないのはわかっているんです。でも、私はもっと彼のそばにいたかった。そうできる選択をするべきだった」  アウレスは牢獄で死んでいた魔導師を思い出した。枝のように細い手にはペンが握られていた。きっと死ぬ寸前まで彼女に手紙を書いていたのだろう。魔王軍が手紙をわざわざ届けるようなことをしないとわかったうえで、それでもいつかどんな形になってもいいから、彼女に届くと信じて書き続けていたのだろう。 「失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいですか」  アウレスの言葉に女性はようやく顔を上げた。 「エレニカ。エレニカ・ルイスと言います」  はじめて見る彼女の顔は美しかった。 「ニルヴィさんは、あなたのために生きていたと思います。手紙を書き続けていたのがその証拠です。そばには居られなかったかもしれないけど、どんなに暗く醜い世界でも、あなただけは彼の中で光のように輝いていて、それを頼りにきっと必死で生きていたんだと思います」  アウレスがそう言うと、エレニカは目を大きく見開いた。  それはエレニカが幼いころ、ニルヴィに言われた言葉だった。 『この暗く醜い世界の中で、エレニカは俺にとっての光だ。その光が暗い闇に飲み込まれないようにするのが俺の役目なんだよ』  幼かったエレニカは格好つけたことを言うニルヴィをからかった。でもそれはただの照れ隠しだった。 「……私にとっても、あなたはこの暗い世界で生きていくための道標だったんですよ」  エレニカはその場でしゃがみ込むと、声を押し殺して泣いた。  アウレスは台座に刻まれた名前を見た。アウレスの記憶の中あるニルヴィが動き出し、エレニカと手を繋いでいる。ニルヴィはゆっくりと彼女の手を離すと、背を向けて一人歩き出す。追いかけることはできない。  ふと、隣に視線を向けると、ニルヴィがエレニカの頭を撫でているのが見えた。その目は愛に満ちていた。愛というものをアウレスはよく知らないが、ニルヴィが彼女を愛していることは何となくわかった。  アウレスが瞬きをするとニルヴィの姿は消えた。  エレニカが泣き止むまでアウレスは彼女の隣に立ち続けた。

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