5 / 14

第5話 それぞれの想い

 便宜的な友。以前、二人で読んだ異国の古い戯曲にあった言葉。恋人同士より遥かに気楽で軽い関係。王の提案を受け入れれば、ベネディクトはずっと想い続けてきたラインハルトに触れることができる。それは騎士の胸を喜びで満たした。 「それは……良いお考えだと思います」  ――気持ちを伝えるだけのつもりだったことを思えば、十分すぎるほどだ。  ベネディクトは提案の衝撃から冷静になると、微笑んで答えた。ラインハルトも騎士の答えに安堵して微笑み返す。 「君が私の提案を受け入れてくれてよかった。……まあ、考えてもみてくれ。もともと私は君、ベネディクトの友、つまりフレンド・オブ・ベネディクトだ。それが便宜的な友、戯曲にあったようなフレンズ・ウィズ・ベネフィッツになったとしても大した違いはない――そうは思わないか?」  両掌を上に向けて肩を竦め、悪戯っぽく片目を瞑ってみせた王にベネディクトが目を丸くし……次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。 「あっははは! まさか貴方が駄洒落を言うとは!」  ひとしきり笑い、可笑しさが去ると、まだ顔に笑みを残したままベネディクトはラインハルトに向き直った。 「……それで、陛下。今は夜で、貴方の私室に二人きりです。私たちはこの後……? 盗賊の捕獲でお疲れでなければ、ですが」  ベネディクトが熱の籠った眼差しを向け、ラインハルトは初めて見る彼の捕食者のような双眸に鼓動が速くなる。……が、それを待ち望んでいたことを悟られぬように片手を軽く腰に当て、余裕のある表情を浮かべて見せた。 「無論、あれしきのことで疲れてなどいない。君の言う通り『今は夜で私の私室に二人きり』だ。早速”友達以上のこと”をしようじゃないか」  ラインハルトがそう言って半歩近づき、片手を伸ばしてベネディクトの首の後ろを引き寄せる。  ――夢にまで見た、ベンとのキス。  高鳴る鼓動にどうにかなりそうになりながらも、ラインハルトは僅かに背伸びして騎士にゆっくりと唇を近づけた――が。 「お待ち下さい」  突如、両肩をガシッと掴まれて引き離される。 「ベ、ベン?」  ラインハルトが当惑して騎士を見るが、ベネディクトは些か困ったような顔をしていた。 「陛下。便宜的な友の関係にそのような愛情表現など必要ありません。寧ろ口づけなどされたら貴方に恋している身の私としては……その、夢中で求めてしまいそうで……」  ――夢中で……え?  いつもストイックな彼が目を泳がせて宣う言葉にラインハルトがドキリとする。騎士が続けた。 「恋人同士ではないのですから……何と言うか、ただの一時の慰めと割り切った方が貴方の望む関係を築けると思います」 「……」  ベネディクトの言いようにラインハルトは少しの間、沈黙する。  ――ああ、そうか。ベンは私がそういうドライな関係を望んでいると思っているのだな。本心は違うとしても……それを言えぬ以上、彼の言う通りにするしかないのか……?  頭では分かっていてもやはりラインハルトは無事に戻れるかわからない決戦に赴く前に彼とキスしたかった。思い出を、作りたかった。  ――何か、彼とキスをするための適当な理由がないだろうか? と考えを巡らせたところで、ふと思い出したことがあった。 「ベン、憶えているか? たまたま視察で通りかかった街で、“親友”が交際相手を意味する珍しい街があっただろう? 親友である君と私がもし仮にその街に住んでいたとしたら、とっくに交際している関係だ。今、友達以上の関係になったことだし、この際キスしてみないか? もちろん君が『夢中で求め』たければ、そうしてくれて構わない」 自分でもかなり大胆なことを言っている自覚はあった。だがラインハルトはどうしても彼とキスしたかったのだ。そのとき、平静を装っていた彼の耳は少しだけ赤く染まっていたが――幸いなことに、その変化にベネディクトは気づかなかった。 王の言葉に目を見張った騎士は、ふいに可笑しさが込み上げてきて苦笑した。 「陛下……ライ。そんなことを言って大丈夫か? 本気でそうするぞ?」 「ああ」  首肯した瞬間、ベネディクトの双眸が危険な光を帯び、ラインハルトは期待で震えそうになりながらも勝気な笑みを浮かべた。  そして――力強い腕で腰を引き寄せられて勢いよく唇を塞がれた。

ともだちにシェアしよう!