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第11話 決戦前夜
それからあっという間に日々が過ぎて……いよいよ出立を明日に控えた夜。ベネディクトはいつものようにラインハルトの私室へと向かっていた。
――明日の出立は朝早い。今日は挨拶だけでお暇しよう。
彼に告白した夜以来、毎日の日課のようになってしまった訪問だったが、さすがに今夜は早く休むつもりでいた。
「……陛下?」
だが王の私室のドアをノックしても返事がない。人の気配もなかった。ふと辺りを見回すと通路の先、城のバルコニーに通じる扉が開け放たれ、そこから明るい月光が差し込んでいた。ベネディクトは確信めいた予感でもってそちらへと足を踏み出す。
果たして、ラインハルトはそこにいた。
「やあ、ベン。少し話さないか?」
王はまるで来ることがわかっていたかのように振り向いて、ベネディクトが無言で彼の隣に立つとバルコニーから見える王都に目を戻した。明日には静まり返るであろう、出征前夜の静かな街の灯りが、まるで国の行く末を憂うように淡く瞬いている。
「……実は」
暫しの沈黙の後、王が口を開いた。
「明日は君ではなくアルバートを連れて行こうと思っている」
「……………え?」
「彼の方が君より腕が立つ。君はここ王都で私たちの帰りを待っていてくれないか?」
と何処か儚げな微笑を浮かべながらラインハルトがベネディクトの方を見た。
――アルバート。確かに奴は、騎士団でも一、二を争う剛剣の使い手だ。魔物との前哨戦でも、奴の率いる部隊は圧倒的な戦果を上げていた。だが腕を怪我したとかで、今回は城の守りを命じられていたはず……
たった今、王が宣った言葉が信じられず、騎士は一瞬、今自分が見ているものすべてが夢ではないのかと思ったが、当然の如く覚めることはない。ベネディクトは努めて冷静に口を開いた。
「………陛、下。私は貴方が即位して以来、ずっと貴方の傍で、貴方と共に剣を振るってきました。何故今になってそんなことを仰るのですか?」
主君の言葉を理解することを拒否しようとしている自分自身を無視してベネディクトはやっとの思いで問いを投げかける。――が、返って来た言葉はあまりにも残酷だった。
「今言っただろう? 『彼の方が君より腕が立つ』と」
「……」
王の言ったことは、事実だった。単純に武力だけなら、ベネディクトよりもアルバートの方が上だろう。だがそれでも。
「……到底、納得できません。私は武力では彼に劣るかもしれませんが、それでも十二分な働きをしてみせます」
声が震え、何度かつかえながらも訴える。ラインハルトは身体ごと振り向き、やんちゃな子供でも相手にしているかのように困った顔をした。
「わかってくれ、ベン。勝算は高ければ高いほどいいんだ」
王の諭すような穏やかな物言いにも、絶望に目の前が暗くなったベネディクトにとっては憤りを増すだけだった。そして――
「……貴方にとって私は、所詮その程度の存在か」
氷のような、ひどく冷たい声が出た。
「ただ朝晩の“処理”をさせるだけの――」
「ベン! 違う、そんなつもりは……!」
「私は、今日を限りに騎士を引退させていただく」
「え!? ベ、ベン!? 待ってくれ!」
マントを翻し、城の中へと大股に歩きだした騎士の背にラインハルトが叫ぶが、彼の歩みは止まらない。だが次の瞬間。
「君を愛してるんだ!」
悲痛な愛の告白に騎士が驚いて振り返ると、降るような星空を背景に哀しげな双眸でラインハルトが見つめていた。彼は俯き、震える声で話し出す。
「すまないベネディクト。私は君に本心を隠していた。私も君が好きだ。だが君に告白された時は伝えることができなかった。私が弱い人間だからだ。長年想ってきた君と恋人同士になったら、使命も立場も何もかも捨てて、二人で逃げようとしたかもしれない。……それでも、生きて戻れる保証のない決戦を前に、君に触れたかった。君と思い出を作りたかった……! だが君と過ごすうちに……ますます愛しさが募って……君だけでも安全な処にいてほしいと、だから……」
ラインハルトの頬にツ、と涙が伝う。
「陛下……」
『相思相愛の相手がいたら命を懸けた決戦に向かう決意も揺らいじゃうだろ?』
そのときベネディクトの頭にザカリーの言葉が響いた。
――陛下、貴方は……
ベネディクトは思わずラインハルトに駆け寄り抱き締めた。
「前にも言いましたが……私は今この時、陛下の傍に在ることを許され、貴方を助けられることが誇りで最高の喜びなのです。だからどうか――」
「ベネディクト……わかった。共に行こう」
ラインハルトは騎士の肩に囁いた。
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