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第3話 笑って、俺の天使

朝。 奏真がまだ眠っている横で、俺は端末を握っていた。 送信。 そのボタンを押すだけなのに、指が動かなかった。 昨日。 送れと言われた。 それなのに俺は。 奏真に抱かれて。 甘やかされて。 本当に忘れた。 隣を見る。 奏真はまだ寝ている。 俺の方へ腕を伸ばしたまま。 無防備な寝顔。 「……絶対、何もないから」 誰に言っているのか分からない。 奏真に。 自分に。 それとも。 当局に。 分からないまま。 目を閉じて。 送信した。 画面に完了の表示。 胸の奥が冷えた。 「……澪?」 びくっとする。 奏真が薄く目を開けていた。 「起きたのか」 「いないと思った」 「ここにいるだろ」 奏真の腕が伸びてくる。 そのまま腰を引かれて、ベッドへ戻された。 「おい」 「もう少し」 「朝だぞ」 「朝だから」 「意味分かんない」 「起きたら澪がいたから嬉しい」 朝一番からこれ。 俺はため息をつく。 でも。 腕の中から出なかった。 「今日、帰る?」 「……帰らない」 奏真が目を開ける。 「ほんと?」 「何その顔」 「嬉しい」 「そんなに?」 「うん」 即答。 胸が痛い。 なのに。 同じくらい。 嬉しい。 **** 昼過ぎ。 当局から短い連絡が来た。 『データ確認。待機してください』 それだけ。 何を確認したのか。 これから何が起きるのか。 何も書いていない。 嫌な予感がした。 奏真の家を出た方がいい。 そう思った。 でも。 玄関まで行けなかった。 奏真は何も知らない顔で、コーヒーを持ってくる。 「澪」 「何」 「今日、ずっと近い」 「悪い?」 「最高」 また。 即答。 俺は少し笑ってしまう。 奏真が俺の隣へ座る。 肩が触れる。 それだけで。 少し安心する。 「……奏真」 「ん?」 「今日さ」 「うん」 言いたいことがある。 でも。 言えない。 全部。 「……何でもない」 奏真は少しだけ俺を見る。 それから。 普通に手を握った。 「じゃあ、ここにいる」 「何それ」 「澪が何でもないって言うとき、だいたい何かあるから」 心臓が跳ねた。 「……分かってんじゃん」 「少しね」 「じゃあ聞けよ」 「話したくなったら聞く」 「……」 「それまでは、隣にいる」 ずるい。 本当に。 何で。 そんなに。 俺が一番欲しいことを。 簡単にやるんだ。 「……バカ」 「うん」 今日は。 それ以上言えなかった。 **** 夜。 帰らないと決めたくせに。 ベッドに入る頃には、胸のざわつきが強くなっていた。 当局から追加の連絡はない。 それが逆に怖い。 奏真が俺の顔を見る。 「澪」 「何」 「今日はいっぱいこっち見るな」 「見ちゃ悪い?」 「嬉しい」 まただ。 「……好き」 自分から言った。 奏真が少し驚く。 「今日、素直」 「悪い?」 「もっと言って」 「調子乗るな」 「お願い」 「……好き」 奏真の顔が緩む。 それを見ると。 また言いたくなる。 「奏真」 「うん」 「好き」 今夜は。 ちゃんと言っておきたかった。 理由は。 考えたくない。 「俺も好き」 キス。 一度。 もう一度。 今度は長い。 奏真の手が背中を撫でる。 服の中へ。 直接、肌に触れる。 「澪」 「ん」 「今日、甘えん坊だな」 「うるさい」 「好き」 首筋へ唇が触れる。 「……俺も」 まだ普通に返せる。 でも。 触れられる場所が増えるたび。 身体は少しずつ素直になる。 「っ……」 「ここ?」 「聞くな」 弱いところを撫でられる。 「んっ♡、そこ……」 声が漏れた。 恥ずかしい。 でも。 今日は。 隠したくない。 「奏真」 「うん」 「もっと近く」 自分から腕を回す。 奏真が一瞬止まる。 「今日は本当に素直」 「……今だけ」 「じゃあ大事にする」 「そういうの言うな」 でも。 離れない。 むしろ。 自分からキスした。 **** 身体を慣らされる間も。 今日はずっと。 奏真の顔を見ていた。 「澪」 「何」 「そんな見られると照れる」 「お前も照れるんだ」 「澪がずっと見てるから」 「見たいんだから仕方ない」 言ったあと。 自分で恥ずかしくなる。 奏真が笑う。 「かわいい」 「今のなし」 「無理」 またキスされる。 ゆっくり。 丁寧に。 身体の力が抜けるまで。 「奏真」 「うん」 「……もういい」 「進める?」 頷く。 今日は。 待ちたくなかった。 「来て」 奏真が俺を見る。 俺は目を逸らさない。 「来て♡」 少し。 甘く。 自分から誘った。 「……ほんと、今日の澪ずるい」 「お前がいつもやってるだろ」 「じゃあ責任取る」 「勝手にしろ」 身体が重なる。 ゆっくり。 受け入れる。 「っ……」 奏真の肩を掴む。 「澪」 「大丈夫」 少しだけ呼吸を整える。 「……動いて」 最初は浅く。 ゆっくり。 何度も。 内側を擦られる。 「奏真……」 「うん」 「近い」 「もっと近くなる」 「……それ好き」 思わず笑う。 でも。 次に同じところを擦られて。 「あっ♡、そこ……」 声が崩れた。 奏真が俺の頬に触れる。 「澪」 「ん……」 「好き」 「……俺も」 まだ。 普通に言える。 でも。 今日は。 もっと言いたい。 「奏真」 「うん」 「好き」 奥へ届く。 「っ、あ♡」 身体が跳ねる。 「澪」 「まって……んっ♡、そこ」 「止める?」 首を振る。 「違う」 今日は。 止まってほしくない。 「そのまま」 奏真の目が柔らかくなる。 「分かった」 ゆっくり。 でも。 さっきより深く。 何度も。 「奏真……っ」 「ここにいる」 「……うん」 胸がいっぱいになる。 幸せ。 本当に。 「澪」 「んっ♡」 「泣いてる」 「……嬉しいから」 普通に言った。 恥ずかしくなかった。 今日は。 全部。 言いたかった。 「幸せ?」 「幸せ」 即答した。 奏真が。 本当に嬉しそうに笑う。 それだけで。 また涙が出る。 「じゃあ、もっと幸せにする」 「またそれ……」 「足りないから」 「欲張り」 笑う。 奥まで届く。 「あっ♡、奏真……!」 言葉が崩れる。 「好きだよ」 「……好き」 もう一度。 深く。 「好き♡」 今度は。 止められずに甘くなった。 「俺も好き」 「奏真……」 「うん」 「もっと……♡」 自分から。 甘く誘う。 奏真の腕に力が入る。 「澪」 「んっ♡」 「俺だけ見て」 「見てる……」 「ずっと?」 胸が詰まる。 「……うん」 言った瞬間。 玄関の方で。 大きな音がした。 **** 一瞬。 何が起きたのか分からなかった。 足音。 複数。 「……奏真?」 寝室の扉が開く。 「鷹城奏真! 動くな!」 頭が真っ白になる。 見覚えのある顔。 当局。 俺が。 データを送った。 「……嘘」 奏真の腕が俺を抱き寄せる。 「待って」 捜査員に向かって。 奏真が言う。 「澪に服を」 「奏真!」 「寒いだろ」 「今それどころじゃ――」 捜査員がベッドへ近づく。 奏真が離される。 俺は咄嗟にシーツを掴む。 何も考えられない。 さっきまで。 あんなに。 幸せだったのに。 奏真の腕を取った捜査員が、強く後ろへ回す。 「待って!」 声が出た。 「その人を乱暴にしないで……!」 部屋が静かになる。 俺は。 もう。 当局の協力者でも何でもなかった。 ただ。 恋人だった。 奏真が俺を見る。 驚くほど。 穏やかな顔。 「澪。俺は大丈夫」 「……だって」 涙が出る。 「俺のせいだから」 声が震える。 「俺がデータ送ったから……」 言ってしまった。 奏真の目が。 ほんの少しだけ細くなる。 でも。 怒らない。 「大丈夫」 「大丈夫じゃない」 「澪」 「ごめん……」 涙が止まらない。 奏真は。 自分が拘束されているのに。 俺の顔ばかり見ている。 「それより」 「……何」 「笑って」 意味が分からなかった。 「……無理だよ」 奏真が。 少し困ったように笑う。 「お願い。俺の天使」 胸が痛い。 何で。 今。 そんなこと言うんだ。 こんなときまで。 俺のことしか。 見てない。 涙でぐしゃぐしゃのまま。 無理やり。 口元を上げる。 たぶん。 全然。 笑えてない。 それでも。 奏真は。 本当に嬉しそうに笑った。 「ありがとう」 そのまま。 連れていかれた。 扉が閉まる。 最後まで。 奏真は。 俺を責めなかった。 さっきまで。 幸せだったベッドの上で。 俺は。 もう一度。 泣いた。

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