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1章❸.「俺の口、押さえて」
「……会いたかった」
春彦が息を呑んだのがわかる。
「俺もだよ、亜紀。だけど……」
「出すだけじゃおさまらない。だから俺の口、押さえて」
「──は? はあ?」
「声、出ちゃうからさ」
身体を起こそうと思ったが、なぜか力が入らない。気怠さに負けて、ごろりと転がる。
「まあそうだろうが、でも別におまえの声ってそんなに……」
「後ろからやれば、しやすいだろ」
体勢的には挿入しやすいし、口だって押さえやすい。
「なに言っ……そんな犯罪ちっくなこと、できるわけないだろ?」
「してくれたら、同居の件も考える……前向きに」
枕に顔の右半分を埋もれさせつつ、言う。
一緒に住もうというのは、この前改めて言われた。付き合う前には「部屋なら空いているから」と冗談みたいに言われていたが、付き合い始めてからは言わなくなくなったな、と思っていたところで、真剣に。「あのアパートが寂しがるので遠慮していた」とのことだった。春彦はときどき視点が自分以外に移るが、まあ慣れているし、理解はできた。
亜紀は、それを保留している。理由は結構しっかりあるが、そこは「第三者」が絡むので、なあなあにしたまま。
だけど、まあね。
性的な意味でも新宿のマンションに移ったほうがいいよねとは、思っている。
「……それは卑怯だ」
春彦はそう言ってから、一度大きく息を吐いた。熱を抱えているのは、こいつも同じだ、と思う。
「うるさい。はやく……ゴムつけろ」
「もう一度確認するが、いいんだな? さすがに途中でやめられる自信がない……加減も遠慮もできない」
背を向けているから亜紀には春彦の表情が見えない。ただ、すごい早口じゃんか、と思った。必死だ。
「加減も遠慮もしなくていい。好きにどうぞ」
思わず笑みが零れる。耐えられなかった。春彦から顔が見えなくてよかった。
──マズいよな。本当に、マズい。
「……わかった」
腹の下に手を入れられて、腰だけ高く持ち上げられる。
それから、押しつけられたものが肉を割るようにして入ってくる。
ゆっくり、ゆっくりだ。違和感がじわじわ広がるこのときを苦手だと思えなくなってきたのは、何度目の夜だっただろう? 入ってきた、と思ったところまではいつもと同じだった。あくまでもそっと。あくまでも優しく。浅いところを衝いて、それから引き抜かれる。
──あ、
漏れたはずの亜紀の声は、なにかに抑え込まれた。事前の約束どおり、大きな手が亜紀の顔を半分隠す。呼吸はできる。指を咥えさせられているだけだから。だけど。
「──んっ……んんん!」
振動から逃げられない。
指を噛まないようにしていた。やがてはそれもできなくなった。加減できない、と言うだけある強い振動。背後から押し込められれば、そのぶん前にズレる。でも、それがない。思っていたよりも、全然、……クるのだ。
「亜、紀」
切羽詰まった男の声が、マズい。自分の唸る声も、マズい。自分で提案したものの、なんのプレイだ? そんなことで高ぶりを感じるタイプじゃなかったはずだ。知らなかっただけなのか。揺らされる、というのとは違う。ぶつけられる、という表現のほうが正しい。
尻だけを高く持ち上げた無様な姿を恥じることもできず、ただただ腹のなかを動くものに意識を集中させてしまう。ゴツゴツと引っ掛かるこの感じ。ほかの男としたことはないけれど、ほかの男ではこうはならない、という謎の確信がある。
「──んーーー!! んぁ、んんっ……!」
たいした時間は過ぎていない。数分だ。いつもは耐えられるその数分が、あまりにも長く感じた。
亜紀が脱力すると、亜紀の身体を支えていた腕によって仰向けにされた。
「……は、る?」
「心配しなくていい。おまえ、2回目はいつも声なんか出せてないから」
「へ?」
「自分では気づいていないだろうが、掠れた声が少しだけ。ほとんどすすり泣きだよ」
それが俺には堪らないんだけどね。春彦はそう言うと、新しいコンドームのパッケージを歯で引きちぎるようにして開封した。
「……というわけで、いまから2回目。遠慮しなくていいと言ってくれたからな」
「──!」
「好きなように感じていいよ、亜紀」
突き刺すように挿入される。正常位特有の、下腹に潜り込んでくるその感覚に、亜紀は目を閉じた。自分の身体は間違いなく喜んでしまっている。
はる、と呼んでみた。確かに声は出せなかった。なぜ声が出ないのか。理由はわからないが安心した。でも、すごく気持ちいい、と言葉で伝えることもできないんだなと思う。握ってくれた手を握り返したが、それで伝わっただろうか?
溶けそうになる。真夏のチョコレートのようにどろどろになって、自分のなかにある秘密だけが形を残して恋人に見つかるシーンを想像した。彼はそれをなんでもなさそうに拾い上げ、自分の口に放り込む──ところまで考えた。
そのあとは、まっしろだった。
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