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2章③.恋人の事情を知る、二葉(ふたば)と一沙(かずさ)

さて。なんやかんやで10時すぎ。 佳代さんが去ってから、春彦はそのまま亜紀のいるアパートには帰らず、別の場所に向かった。テナント料のかからないそこで「のんびり」と、20代の兄弟が家具屋を運営している。家具屋の名前は「ブルー・リーフ」と言うらしい。 さっきは「まるで聞いたことがない」と思ったが、確かに亜紀から聞いたことがあるような気はしてきた。そのときは「友人の男友達」の情報をそこまで重要に思わなかっただけかもしれない。いまは違う。「恋人の男友達」なので。 亜紀が関わる人間について知りたい、それがいちばんだったのだが、それを抜きにしても興味を惹かれている自分自身に興味が湧いた。どうでもいい他人のこと、と思えないのが珍しい。ほんの少し亜紀が関わるだけでこうも違うのか。あるいは、亜紀に関わることで自分も変わっているのか。 西立川方面に向かって歩くと、5分もしないうちにそれらしきテナントを見つけられた。かなり広々した、大きなガレージのように1階部分がオープンになっている造りだ。まず目に入るのは、たくさんの雑貨や鉢植えばかり。雑貨が並ぶ棚やテーブルはあるものの、売り物らしき家具は見えない。2階に置いてあるのかもしれない。客はまだ誰もいない。 木板に書かれた「ご自由にどうぞ」に従って進むと、向かい合ったソファとテーブルに男がひとり。長めの黒髪を後ろでユルくまとめている。それから、その奥にあるカウンターの向こうにもうひとり。さらさらしたブラウンの髪で、なんだか中性的な透明感がある。 ソファの男はタブレットの画面に目を落としていたが、「あ~いらっしゃいませ~」と言いながらこちらを見た。その瞬間だ。 「……はるひこ」 つい先ほど経験したこととの見事な一致に、春彦はにこにこしてしまった。 「あっ、すみません! でも春彦……さんですよね? 亜紀ちゃんの彼氏の」 「はい。剣持春彦です。初めまして」 「おお。おおお……」 「申し訳ないが、このままでは佳代さんとほぼ同じやりとりをしそうなので……ここはできるだけ効率的にいきたい。私のことは『春彦』で結構です。私のほうが年上ということですが、敬語もいらない。間違いなく亜紀の彼氏です。正式な。あなたがたは佳代さんのお孫さんの一沙さんと二葉さん、ということで間違いないですか?」 「うわあ……喋るカンジが亜紀ちゃんが言ってたそのまんまだ」 カウンターから出てきた男は「俺が一沙で」と言い、ソファに座っていた男は立ち上がってから「僕が二葉です」と言った。彼は「さすがに本人を目の前に呼び捨ては無理。タメ口も厳しいですよ」と言いながら、空いているソファに招いてくれた。 「そんなものかな。俺は構わないけど」 「まあ、もし慣れたらってことで。亜紀ちゃんがはるひこはるひこ言うのが頭に残ってただけなんで。僕はともかく、一沙なんかまだ24だし。僕はもうすぐ29になるんですが」 「ん? 二葉くんが長男で一沙くんが次男っていうことか。名前で逆だと思い込んでた」 「ばあちゃんがつけたんです」と、次男だったことが判明した一沙。「なんか、人生1より2が先に見えたほうがいいとかなんとか……。亜紀くんから聞いてないですか? ばあちゃん、ちょっと変わり者で」 成功者とか、普通「地道に1から行け」とか言うでしょう。金持ちなのに手抜きもしないし、ずっと神経質だし、と続けた。 「それ、パン買ってきたんですか。美味いですよね、そこの」と、二葉。そう、春彦は亜紀のアパートに寄っていないので、ずっとパン屋の袋を持ったままでいる。 「俺は食べたことがないんだ。亜紀が勧めてくれたから買ったけど。食べる? さすがにたくさん買いすぎた」 「あっ、それはありがたい。腹減ったって話してたんです。じゃあコーヒー淹れますね」 「いま? 営業中では」 「土日は休みなので」 「そうだったのか。勝手に入ってきて申し訳なかった。──ん? じゃあなんで『いらっしゃいませ』って……」 「ついクセで。わりと迷い込んでくるお客さんもいるんでね。仕事はしてるからいいんですよ。ネット通販の作業をやってまして。でもまあ、のんびりで」 なかなか優雅な営業スタイルだ。代々木にも店はあり、そこは店長を雇って営業していると説明してくれた。親は海外で会社を興している。どうやらかなり仕事ができる血筋らしい。まあ、のんびりでも。 春彦にとっては2杯目のコーヒーを、目の前で淹れてもらった。二葉は「酸っぱめでもいいです? イルガチェフェで」と豆を選んで挽き、お湯の重さをスケールで量りつつ丁寧にドリップした。同じコーヒーながら、パン屋のものとまるで違う味わいに驚く。味わって飲んでいると、ふたりの視線を感じた。 「なに? なんだろう」 「いやあ、光栄すぎるなって」と、二葉。「いつかお会いできればとは思っていたけど」 ……俺は亜紀にあなたがたのような友人がいるのを知らなかったので、と言おうとしたが、もしかしてそれはこのふたりに寂しい思いをさせるかもしれないし、自分も自分の友人については特に話していなかったことを思い出してやめた。頻度だけで言うと、友人のなかでは(半年に1度くらいとはいえ)最もよく会っているヤバめの女友達数名については、なおのこと話したくない。 「じゃあ、いい機会だった」 春彦はそれだけ言った。 「ええ。亜紀ちゃん、うちの家具をかなり気に入ってくれてるんで、一緒に住むときはぜひに。組立品じゃなくて完成品で販売してるんで配送費が結構かかっちゃうけど、そのくらいはオマケしますしね」 ん? いきなり、だいぶ踏み込んできたな? ……など考えたが、わからない。彼らにとっては違うのかもしれない。 つまり、亜紀はそういうことを言っている?

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