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2章④.サイコパスみを避けた恋人確保作戦
「ああ。亜紀がこっち──新宿に移りたいみたいな話もしてる、のかな」
カマをかけてみた。罪悪感はあるものの、春彦はもう自分の「暴走」を自覚している。こうなると、なかなか止められない。
「してます、してます」と二葉。きもち、表情がもう一段柔らかくなった。「わかりやすい惚気はそんなにないけど、弱ってるときとかぽろっと言うから可愛い」
成功。亜紀はやっぱり、自分にはしない話を彼らにはしている。亜紀が弱っているときまで見ているのか……とか、俺の亜紀を自分の恋人みたいに可愛いって言わないでほしいな……とか心の狭いことは思うが、それはさておき。
「そっか。まあ、通勤も便利になるし、俺も早くそうしたほうがいいと思うんだけどね」
「ええ。だけどほら、なにせばあちゃんに気を遣ってるから。空き室がちょっと増えちゃって
落ち込んでたとき、亜紀ちゃんが『ずっとここに住むから安心して』って言ってくれたんだよね。それを裏切りたくないんだよ。ホントは引っ越したいのにね」
「……なる、ほど」
「で、ばあちゃんはそろそろ引退したいんだけど、それを『亜紀ちゃんには言わないで』って。大家としてバリバリやってる姿を見せておきたいんだよ。見栄張ってる。でももう83なんだからさ」
「……は? そうは見えないな? 60後半くらいかと。それじゃ体力的にも無理だ」
下手をすると、亜紀は佳代さんの年齢も知らないのでは?
「ね。そして俺らは両方から『言わないで』だもん、どうにもできないよ」
「だよなあ、一沙」と二葉が言い、一沙が「そうそう~」と頷いた。仲のいい兄弟だ。
その「双方からの言わないで」を第三者に話せたことは、彼らのテンションを上げたらしい。チョコクロワッサンやクリームチーズを挟んだ丸パンなどを平らげたあと、「どうですか、うちの家具を見てみますか」と、2階に案内してくれた。やはり売り物は2階にあるようだ。
階段を上がると、木の香りが一層強くなった。主に濃いブラウンのナチュラルな木材と黒いスチール、薄青の布、ベニアをメインにした家具が並ぶ。こういった家具屋は倉庫的にぎっしりとモノが詰め込まれているイメージだが、ここは違った。ひとつひとつがゆとりを持って置かれている。かといって、よくある高級家具屋のようでもない。
家具は新品だけではないようで、使用感があるものもある。まるで別のメーカーの家具も混ざっているが、それも巧く交えて配置されていた。マネしたくなるような、「確かにこうすればかっこいいな」と思えるような配置。
「──なるほど、自分の部屋だったらどうかをすごく想像しやすくしているのか。面白い」
春彦は誰に言うでもなく呟いたが、その呟きはしっかりとふたりに拾われていた。
「そう、そうなんですよ」と二葉がにこやかに言い、一沙も「そうそう」と頷いている。
「……なので、全部新品の売り物ってわけでもなくてですね。おうちにある家具との組み合わせでも楽しめますよ、と。もちろんうちのブランドだけで揃えたら揃えたで、かなりかっこいいけどね。まあ、完全に空っぽの部屋からスタートできるシーンは限られているから」
春彦は亜紀の部屋の家具がどんなものだったか思い出してみた。それで気付く。
「……そうか、亜紀のパソコンデスクはブルー・リーフのものだったんだな」
「お、正解。全部揃えたいって言ってくれたんだけどね。予算も置き場所もないから、デスクだけは、って。あれ、コンパクトだけどすごく洒落てるでしょ」
あれは3年くらい前かな、と一沙。転職したばかりのとき。自分と出会ったころだ、と春彦は思った。
ほかの家具も、ゆっくり見させてもらうことにした。亜紀の好きそうなものは……などと考えながら見ていると、そのうち、じわじわと喜びが沸き上がってきた。
恋人は、自分にこそ強く伝えようとしてはいなかったものの、ともに生活する未来を思い描いてくれていたのだ。
「……ブルー・リーフブランドの家具で揃えようかな」
棚の引き出しを覗き込みながら、言ってみる。
そうだ。「完全に空っぽの部屋」なら、自分の家にある。
「ん? え? そりゃあ僕らとしてはすごく嬉しいけど、そんなことするとなかなかのお値段になるよ。量産はしていないし、安売りというのができなくて」
二葉が慌てる。いつの間にか敬語は抜けている。
「安さは求めていないから平気だよ。うちもここと同じでね。家賃がないんだ」
「春彦さんち、置き場所とかはあるの?」
「ある。むしろ、なにもないんだ。亜紀が住むことになる部屋には、まだ」
「……あ、あ~! なるほど」
読み終えて中身なんか覚えてしまっている本を処分して、スキー用品は面倒くさがらずに自分の部屋のクローゼットにしまえば、なにもない。エミリアたちが自由に遊べるスペースは減るが、亜紀がいつもいる部屋だと言えば、そのほうがきっと喜ぶ。
なにより、自分の夢が叶う。
……ただ、なにもかもを亜紀の知らないうちに進めてしまうことはできない。そこは考えなくては。
「そこで、相談なんだけど」と、ふたりに向かって。
「なんだろ」
「なんですか」
「なにせ、なにも決まっていなくて。これは俺から亜紀へのサプライズプレゼントにしたいんだけど、さすがにやりすぎだと思う? ……サイコパスっぽいを超えている?」
亜紀の、「君のサイコパスっぽいところ結構好きだから」という台詞を思い出しつつ。
「え、なに、サイコパス?」と、二葉。
「や、『サイコパスっぽい』を超えて本格サイコパスでなければいい。加減が難しいが……」
「ははっ。なにそれ。いや、亜紀ちゃん普通に『春彦も来いって言ってくれてるのにー』って言ってたし、うちの家具が気に入ってくれてるのは僕らも知ってるからなあ……」
「あ、ねえ二葉」と、一沙。春彦のすぐ隣にあるキャビネットを指さしながら。「俺たちからも引っ越し祝いってことで、なにかひとつ差し上げるとか。亜紀くん、よくそれ、見てるし」
「ああ、コレね。いいね。なんでそんなことに? ってびっくりするかもだけど、楽しそうだ」
二葉がうんうん頷きながらそう言った。
そうなると、サイコパスみもだいぶ均される、気がする。
「……とても喜ぶと思う。ありがとう」
ここまではよし、と思う。あとは、亜紀自身の「同居したい」を、春彦にも見える場所に引っ張り出さなければならない。昨晩の「してくれたら、同居の件も考える……前向きに」では、足りない。
「佳代さんが心配している不動産関連のことは、俺がなんとかする」
まずはそれだ。春彦はふたりに向かって言った。
「え、春彦さんがそういうの、できるの?」
「正確に言えば、そういうことができる人間に繋げられる、という感じだね。まだ十分には話せていないけれど、彼女の考え方や仕事に対する姿勢は、理解できたと思ってる。佳代さんが20年かけて守ってきたものだ。彼女が大家をやめても、そのスタンスは維持できる業者を探したい」
「それは……すごくありがたい」と二葉。一沙も「うん、ありがたいです」と微笑んだ。
そのあとは、3人で連絡先を交換した。できれば家具まで選んでしまいたかったが、「寸法の問題もあるからまた」ということで。ネットにも家具の詳細はあるし、現物の一部は代々木店にもあるとのことだった。歩いて行ける距離だ、これもなにかの縁かもしれない。
「在庫が切れていて、いま作っているのもあるんだよ。だからちょっと時間はかかるかも」
二葉がタブレットを操作しながら言った。
「かまわないよ。俺のほうも時間はそれなりにかかりそうなんだ」
「ん。了解。……あ、すみません……敬語、消えちゃってた」
「いいって」
アパートに帰るまでの道で思い出す。
そうだ、恋人にも秘密があるかもしれないのだ。それなら……。
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