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3章❷.隠し事バレ 恋人はあまりにも察しがよすぎる

 † 「──でもさ? 仕事だよ? 全部上司に秘密とかある???」 ベッドの上で、ひっくり返ったダンゴムシみたいにじたばたする。春彦はまだ亜紀の部屋に戻ってこない。 そうなのだ、昨晩は何も整理できないうちに春彦と会うことになってしまった。おかげでいったん全部忘れかけたが、おかげでなにも整っていない。 春彦もウエディング案件についてどころか、心寧のことも緒方のことも「クロス」のことも言わなかった。いやもう、クロスって言うか心寧の事情というか、緒方の陰謀というか。 把握していたらひとことは言うはずだ、だって緒方が関わっているから。たぶんきちんと連絡されていないか、春彦が後回しにしているか。だとすると、月曜、オフィスで初めて知ることになる。春彦は今回、珍しく会社用のパソコンを持ってきていないので。 恋人は、ただ、ただ急いで会いにきてくれたのだ。 「企画自体はな……いいと思うんだよな、すごく」 最近、自社の社員を起用し、自社をアピールするコンテンツを作成する企業は少なくない。SNSで発信するとウケやすいし、実際、「どんな社員が自分たちに関わるか」をお客さん側がしっかり知ることで、信頼関係が爆上がりするのだ。詐欺師的に言葉を操って信頼させるよりも、ずっと中身がある。 だからこそ、……だからこそ、春彦がやったらすごくいいと思うのだ。もちろん、あんなのが社員にいっぱいいると思われるのは困るが、それでも。春彦本人には絶対言えないけれど、「なんでリーマンなんかやってんだ」と思えるあのカッコよさを大々的に外に出せるのも、なんだか嬉しい。 割り切ってこの役割を引き受けるべきか。 企画としてのさらなる成功を目指して、春彦をなんとかすべきか。 自分で引き受けるとして、その自信は……よくわかんない。「社内人気トップ2のひとり」、そんな名誉なところに立っているのだって初めて知った。春彦に追いつこう、追いつこうとしてきただけなのだ。まとまらない。 そのうち、玄関のドアに鍵を突っ込む音がした。春彦が返ってきたらしい。 「おか、えり」 声がひっくり返りそうになって、後半2文字は頑張った。ダンゴムシの真似はやめて、身体を起こす。 「……ただいま。なんかいいな、ただいま言えるのって」 春彦が玄関の壁にキーホルダーを引っ掛けながら言う。 「うん……ねえ、なに買ってきたの」 「おまえが言ってたパン屋。あと、コーヒー……は、いろいろあってなくなった」 「なにそれ」 「紅茶を淹れて、パンは温めて食べよう。偶然だけど、二葉……くんたちに会ったよ」 「えええええ」 会ってもらって困ることはないが、彼らのことは春彦にちらりと話したことがあったかどうか、くらいだ。パソコンデスクを買った店をやっているので、なにかしら話題には出したことはあるはずだが、自分たちが話すなかでのレギュラーというほどではない。話のメインはやはり仕事と職場の人間の話なので、親の話よりもさらに出てこないのだ。 春彦はシンクで手を洗い、うがいをすると、紙袋からパンをいくつか取り出した。そのうちふとその作業をやめ、思い出したようにこちらに来て、ベッドに腰かけた。 じっと見つめられて、亜紀は動揺した。でも、ここで目を逸らすとなんか怪しまれる気さえしてしまう。 「……おはよう。って、言ってなかったのを思い出した」 「あは、なんだ。おはよう」 「違うことを言うと思った……?」 「え」 今度は目を逸らしてしまった。反射的に。人間って、やばいと思うとそうなっちゃうものなのだ、と思う。でも、手遅れだ。 「──あ、あのね、はる……」 顎を掴まれたと思ったら、口付けされた。挨拶代わりのライトなキスなんかじゃない。昨晩の熱を全部無理矢理引っ張り出されて、思い出せ、忘れるな、とでも言わんばかりのやりかた。あっという間に下半身が重くなる。指先に力が入らなくなる。思考力が奪われる。唾液が混ざる音が、耳の奥までを濡らしてくる。 やがて、唇と唇が離れた。いつも、もっと続けてくれていいのにと思う。言えないけれど。 なんで言えないんだろうな? まだどこかに残る──あるいは残しておきたい、この男との「境界線」。なぜそんなものがあるのか、必要なのか。亜紀にはまだわからない。 こんなにぼんやりした頭ではなおさらわかるわけがない。 「亜紀の寝起きも可愛い。いつも見れたらいいのに」 恋人が言う。「可愛い」は、ただの口癖だ。そう思うのに、まるで意味のないものとはもう思えなくなっている。本人も言うように、本当に思っているから言うのだ。たぶん。 「なんだよ……それ」 ──ハマらないように 「なあ、亜紀」 「……なに」 ──これ以上この男の魅力に堕ちないように 「なにか俺に隠し事をしていないか。していたら教えてほしい」 ──え?

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