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4章①.ふたりの約束、相互の秘密。「秘密を持っていい条件」
──9月5日(土)引き続き亜紀の部屋、ベッドで/春彦視点
「なにか俺に隠し事をしていないか。していたら教えてほしい」
春彦は訊きたいことをそのまま訊いてみた。秘密を探るようなマネをするよりは、本人に確認したほうがずっと早い。言えないなら言えないでいいのだ。
亜紀は明らかに動揺していた。昨晩の熱も、そういった罪悪感が後押ししていたのかもしれないな、とは思う。しかし、それはそれでいい。
数十秒は経っただろうか。亜紀が口を開いた。
「……ある。ごめん」
やっぱり、と思う。
しかし、春彦はこれで完全に安心できた。本当の秘密は、「秘密があること自体」を明かすことさえできないものだ。亜紀の持つ秘密は、それができる。本人にとっては深刻でも、自分にとってはたいしたことじゃない。彼には申し訳ない言い方かもしれないが、自分の問題はそこにはないのだ。
「わかった。でも、別に言わなくていい」
「言わなくて……いいの」
亜紀は不思議そうな顔をしている。まあそうだ、こちらは秘密を秘密じゃなくしてほしい立場にあるのだから。でも、立場も関係ないので。
「ああ。構わない」と春彦。「だって、それはとても言いにくいことだろうからな」
「え……いや、それは……そうなんだけど」
「これだけ確認させてもらうが、俺以外に付き合いたい奴がいる、とかではないよな? 恋愛的に気になっているとか。具体例を挙げると、宮島を抱きたいとか宮島に抱かれたいとか」
「──ぶっ……宮島? ない。なんで宮島……」
宮島とは、この前の研修で因縁(軽度)の相手となったし、既出の例を再利用しただけだ。
※2巻参照
「それはない。言い切れるよ」
「ならいい。この世界において、俺にとって重要なのはそれだけなので」
「世界って」
「ただし。条件がある」
春彦はあえてそういう言い方をしてみた。願わくば、その「内緒」について下手に罪悪感を抱え込まないように。
「……条件って、なに?」
「俺にもひとつだけ、亜紀に秘密ができそうなんだよ。もちろん、恋愛的なことじゃなく」
「……なら、俺に『それはイヤ』と言う権利はないと思う……それに、別に、いい」
俺が秘密を持つのはいいけど、春彦が持つのはヤダ。そんな言い方をするわけがないので、この答えは予想通りだ。
言ってくれてもいいのに。それくらいの存在だと、うぬぼれてくれても。
「オーケー。じゃあ、そういうことで。あまり深刻になるな。おまえらしくもない」
「ん……」
俺のことを考えてくれるのは嬉しいけどな、と言おうとして、やめた。亜紀らしくなくなるほど悩んでいるのだ、自分のこと以外に、なにかある。きっと。うまく解決できるといいのだが。春彦に言えないのだから春彦自身もその秘密に関わっているのだと思うが、とりあえず思い当たる節はなにもない。佳代さんのことか? あるいは心寧のことか? 春彦は彼女たちに関わることがほとんどないので(佳代さんについては事情が変わったが)、全然わからない。
「それより」
春彦は亜紀の頬を手のひらで包み込んだ。ただそっと、添えるだけ。ほんのり冷えた彼の肌がとても愛おしい。
「アザになってないよな? 力加減が……できなくて……あんなの、生まれてこのかた経験がなくて。大丈夫か」
亜紀の顔が一瞬にして赤くなった。昨晩のアレを思い出したのだろう。
「だだだだいじょうぶです、俺が言い出したことだし……ぜんぜんへいき」
「おまえ、めちゃくちゃ可愛かった」
「いやあ~あはははは……」
「隣人たちはさっき出掛けたよ。ちょうど見かけた。いまはもう、なにをしても」
これは本当だ。出るときに右隣の住民が、戻ったときに左隣の住民がドアから出るのが見えた。左隣の住民はTシャツとジーンズというラフな格好をした中年の男性で、春彦に軽く会釈して去っていった。春彦を見ても平然としていて、「過不足のない優等生の隣人」だった。
というわけで。
「……な、に」
「無理はさせないから、少しだけいいか……」
「え……」
「いちゃいちゃしたいだけだよ。腹も減ってるだろ? だから、ちょっとだけ」
「いちゃいちゃって、君。なんからしくないことを……」
「……亜紀に触らせてくれ」
少なからず、亜紀がほっとした顔をしているのが嬉しかった。大丈夫、なんとかなるよ、と言う代わりに、小さな愛撫を繰り返す。まだ俺たちは、お互いになにもかもを洗いざらい開放し、ふたりで問題を解決し合うことができる関係ではない。仕事はそれができているが、恋人としては違う。
でも、と思う。恋人同士も人間と人間なのだ。それはそれで乗り越えられたら、きっと楽しいはず。亜紀はずっと自分に楽しさを持ってきてくれる男だ。
申し訳ないけど、と前置きしておく。俺はやっぱりちょっとわくわくしている。これが決着するころには、なにか別のステージが待っているのではないかと考えられるから。
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