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4章②.フロアをざわつかせた「お迎え」
†
月曜日。オフィスにて。
春彦は海外出張中の連絡の再確認を進めていた。簡単にチェックしただけで終わらせてしまったものを重点的に。それで見つけたのが、緒方専務からの「クロス参加打診について」という社内チャットツールでのメッセージだ。
「……これか?」
気付いてはいたが、このツールでは全文が表示されない。折りたたまれた部分をチェックしなかったから、亜紀の名前を拾い損ねたのだ。というのも「まさか主任をクロスに使うことはないだろう」とタカを括っていたところもある。
その秘密に「仕事」が関係しているかどうかは判断が難しいところだが、緒方が絡んでいるのなら別だ。心寧も、こっちを気遣った動き方はできなくなるかもしれないし。ただ、仕事は仕事だ。どうしたって自分にはいずれ詳細が届くはずで、いったいどういうことだ……?
そんなふうに考えながらモニターを眺めていたら、隅っこのデジタル時計も目に入った。もう1時だ。
数メートル離れたデスクでは、亜紀が仕事をしている。彼の横顔は真剣そのもので、声をかけなければ昼食のことなど思い出させなさそうだった。
この会社では、昼休憩を各自適当なタイミングに取っても問題ない。「亜紀、メシにしよう」と声をかけようとしたその瞬間、だ。
──?
広々したこのフロアで、なにか異変が起きたのがわかった。無駄口がゼロになったわけではないが、一部ではぴたりと収まった。
周囲の社員が遠慮がちに視線を送っている。その視線の先には。
「なにしに来た……」
自分にしか聞こえないボリュームで呟く。レイラだ。
我が従姉妹は背中まで伸ばしたロングヘアをふわっふわさせながら、るんるんの足取りでこっちに向かってくる。白いフレアスカートも、ふわふわしている。水族館でよく見るクラゲみたいに。
でも、疑問だ。
もう、いとこ同士であることはバレていいのか?
春彦には「いとこ同士であることを隠すつもり」も「付き合ってる風を演じるつもり」など一切ないので、普通に彼女と会話をする心の準備をしていた。
しかし。彼女は春彦のデスクまでは来なかった。その手前で止まった。
「亜紀くん、一緒にお昼食べに行こう」
亜紀はそこでやっと状況に気付いたらしい。
彼女を見上げ、明らかに「おわ」という顔をした。
そして。
「レイラさん……どう……したの」
──「レイラさん」?????
彼女を呼ぶ名が「森口さん」ではなかったことに、当然ながら春彦は驚いた。
「だから、ランチ。まだ行ってないっぽいから。行くでしょ?」
「まあ……、あ、春彦も……」
「やだよ。亜紀くんとふたりがいい」
ざわっ
……と、なった。「他人事に関わらない」を最大限徹底してくださっていたであろうフロア内の皆さまも、これにはさすがに。
春彦はモニターに視線を落としポーカーフェイスを保ちながらも(崩してたまるか)、脳内では目をつぶり、腕を組み、椅子に深く腰掛け、そのまま天井を仰いで「ん~」と唸っていた。あくまでも脳内で。
噂ベースの構図としては「自分と付き合っている男ではなく、別の男を、付き合っている男の前で誘った」ということになってしまう。付き合ってないけど。
「じゃあ……うん、了解」
亜紀がちらっちらこっちを見ているのもわかるが、春彦は徹底してモニターを睨んでいた。
「私、がっつり食べたい。いまからなら結構どのお店も入れるよね」
亜紀はレイラに裾を引っ張られながら、去っていった。
なるほど。
「ちょっとちょっとちょっと」
宮島が、声は出してないけど絶対そう言ってるとわかる口の動かし方で近づいてきた。
「なに、ねえ春彦さん、どういうこと」と、いちおう小声で。
「この視線のなかで説明しろと言うのか」
春彦も小声で答えた。さっきまではマナー第一! みたいにお行儀よくしていたはずの連中が、いまはもう遠慮なくこっちをがっつり見ている。ほとんど宮島のせいである。
「飯か? いいぞ」と春彦が突然大きな声で言った。「最近外で食べてないからな」
「えっ? ……あっ、やった、わあい」と、春彦を誘ったことにされた宮島が喜んだ。
「(亜紀ならもうちょっと上手くやるぞ、この程度の茶番)」
「(無理言わんでくださいよ……俺、亜紀さんじゃないんで……徹底的にそのへん違うんで)」
ひとりで諸々考えてみてもいいのだが、今回は情報戦になるかもしれない。となると、宮島はとっても便利な……いや、役立つ男のはずだ。秘書課の皆さんとも仲良しらしいから。
敵は我が従姉妹かもしれず。
──となると、それなりの覚悟は要る。
春彦はスマホをポケットに突っ込むと、宮島を連れて外に出た。
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