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4章③.美女(一般的には)に連れ去られた恋人。判明する謎のつながり
「ねーーーえーーー、どういうことなんですか。なんでレイラちゃんと亜紀さんが」
席に着くなり宮島が言った。よくできたその部下は、「どこで誰に聞かれているかわからないから、席について周辺を確認するまでこの話題を出すな」と春彦が言ったのを忠実に守った。春彦としては、あれはあの場からうまく去るための茶番であって、本当に昼食をご一緒しなくてもよかったのだが、まあ腹も減っていたので。
「先になにを食べるか決めなさい」
「……はい」
ここは、会社からは少々離れた、代々木にあるイタリアンの店。適当に入ったものの、なかなか悪くなさそうだ。味がよかったら亜紀を連れてこよう、と思う。
「じゃあこの『新鮮なブッラータがのった冷製トマトスパゲティ』にします。それで?」
「へえ。美味そうだな。俺も」
メニュー用のQRコードを読み込んで……ではなく、店員さんに直接注文するスタイルの店だった。いまどき珍しい。なんだかほっとする。同じものをふたつ頼んで、食後の飲み物はホットのブレンドコーヒーにした。
「にしてもさ」と宮島。「春彦さん、ちょっと冷静すぎません? 恋人が社内でいちばんの美女に連れ去られたというのに。嫉妬のカケラも見られないとは。冷たすぎる」
「社内でいちばんの美女……」
「そうですよ。あの美しさはグループ内でいちばんかもしれない。普通にモデルとかできそうなレベルだし。そんなのにさ……いくら亜紀さんを信じてるとはいえ」
実際、レイラは春彦の姉のマナに頼まれて、モデルも結構やっている。毎回化粧も雰囲気もだいぶ変えているので、知人にバレたことはないと言い切っていた。別に一般企業で社員を続ける必要もないのだが、春彦が見る限りとても楽しそうに社員をやっている。
春彦はひと息ついてから、こう言った。
「いまから話すことは、誰にも言うなよ。面倒なことになるから。正直、俺はどうでもいいが、レイラからそう言われてるんで、念のため」
「なにを? っていうか、呼び捨て……? ずうずうしくない?」
「ずうずうしくない。あれは従姉妹だ。俺の」
「……は?」
「俺の母親の弟の子。諸々あって同じ会社にいる。ちなみに、俺と付き合っているという噂、あれを放置するというのも彼女の意思だ」(※同じ会社にいるのはロベルト絡みだが、宮島には言えない)
「は……はあああ?」
宮島は顎を落としたまま数十秒動かなかったが、そのうち濡れた犬がやるようにぷるぷると首を振った。
「レイラちゃんは……なんでそんなことを」
「だからな……それがわかるならこんな面倒な状況じゃないだろ。まあ、特定の相手がいたほうが声はかけられにくくなるし、俺を便利に使っているんだろう」
「ああ……なる、ほど。すごい、春彦さんを便利に使える立場……」
「俺の記憶からすれば、2歳半くらいからあいつはああいう性格だよ」
そういうのがもうひとり身近にいらっしゃるが、ここでは黙っておく。
さて。本題に入りたい。おそらくは緒方が関係した「クロス」絡みで待てば情報は入ってくるだろう。だが、なぜ亜紀がそれを「秘密」にしたいのか知りたい。それ自体は別に言ったってよかったはずなのだ。だけど、言えなかったのなら、なにか別の要因が絡んでいて、切り離せなかったのかもしれない。先行してそのあたりを押さえておきたいのだ。
「それで、情報通の君にちょっとお尋ねしたいんだが……」と、春彦が尋ねた瞬間、しばらく無言だった宮島が「なるほど、とすると? あの繋がりか?」と呟いた。
「なにかあるのか」
「自信はないですけど、レイラちゃんと春彦さんの両方と関わりがあるひとって、、そんなに多くないんです」
「俺は、完全に誰もいないと思っていた」
「関原さん」
「……関原心寧?」
「そうです。春彦さんとお付き合いしてましたよね。おふたりは誰にもバレてないと思っていらっしゃるでしょうが、たぶん社員全員知ってます。結構さくっと別れたのも」
「……そう、なのか」
「春彦さんがクール過ぎてフラれて、でも春彦さんはノーダメージって感じで、フったほうの関原さんが大ダメージっていうところまで」
「……おい……」
「いや、あくまでも噂として、ですけど」
レイラとの噂は完全に間違っているのに、なぜそんなに正確な噂も同時に成立するのか。
「噂では、俺はレイラと付き合ってるんじゃないのか?」
「レイラちゃんと付き合ってる派のひとと、関原さんと付き合ってた派と、二股派が存在していますね。噂ですから時系列も話すひとによってぐちゃぐちゃですし」
「頭が痛い」
「噂なんかそんなものですから。春彦さんがまったく関心を持ってないから、余計自由に広がる。だけどね、春彦さんの相手として登場している関原さんとレイラちゃん、そのふたりは友人関係のはずなんです」
──ん?
聞いたことのない組み合わせだ。レイラは心寧のことを『関原心寧』とフルネームで呼び、親しさは感じられない。あくまでも、「あんたの彼女」という位置づけで喋る。研修で緒方と心寧のことを教えてくれたのも彼女で、なんというか、「スパイ役」くらいのはずだった。
友人について、そんな言い方をするか?
「……それは、そういう噂か」
「いえ、これは噂とかじゃなくて。ふたりで喋ってるのを俺が偶然見かけただけです。レイラちゃんがケタケタ笑ってたので、ああ、仲良しなんだなって。そうだな、ふたりについては社内で接点がないし……確かに噂には欠けてる情報だな」
「ふうん。なるほど」
つまり。我が従姉妹は、心寧と繋がっていることを隠しているということか。ありえなくはない。「そのほうが面白い」とかいう理由だろうな、と春彦は考えた。
「ねえ、やだな。もしかして俺、密告者?」と、宮島がほんのりむくれた顔で言う。
「そんなことはない。だって堂々と仲良ししてたんだろ? 見かけたのを俺に伝えただけだ」
「そうです。新宿駅の南口のカフェだよ? ほかの社員だっているかもしれないのに」
宮島の言うとおりだ。だが、春彦のマンションの逆側だ。レイラも油断するエリアなのかもしれない。っていうか、いったいレイラの目的はなんだ? 本当に、昔からよくわからない。
しかし、情報としては十分すぎるものを得られた。パスタも美味かったし、気分がいいので食事代は奢った。「え、結構高いけどいいの?」と宮島は焦っていたが、情報代にしては安い。
「ねーーーえーーー、俺、なんかマズいこと言いました? この世界のひとりたりとも敵に回したくないんだけど」
「別に。それより……おまえ、亜紀のことは……」
「それ! 今度ノロケさせてください。実は最近、恋人ができました」
「んっ? んんん?」
「でもまだ秘密です。俺はとにかく亜紀さんの幸せを願っていますんで、春彦さんがお相手ならなによりです」
「なんだそれは」
自分から言い出したくせに詳細を話さない宮島とはそこで別れて、春彦は近所にある二葉たちの家具屋に立ち寄った。立川の、あの倉庫のような店舗に比べれば小さいが、これはこれでいい。限られた空間にブルー・リーフ・ブランドの家具だけを無駄なく配置した、秘密基地のような展示方法。
店長に二葉と一沙の友人だと伝え、目を付けていたベッドの現物を確認し、予約した。いま亜紀が使っているベッドも、男ふたりの体重に耐えられるくらい丈夫だが、中古のシングルだったし、買い替えたいという話を聞いている。だから結構堂々と買ってしまえた。
「部屋の寸法だけは測っておいたほうがいいですよ」という一沙からのアドバイスに助けられた。確かに、それが正確にわかっているだけで諸々捗る。
「これ、セミダブルだけど、お客さんだったらダブルのほうがいいかも……パートナーさんも男性でしょ? きもち、狭いかも」
店長 菅野、と書かれたネームプレートを付けた女性が言う。話が早い。ほかの家具屋に行く気がなくなる。
「大丈夫です。各自の寝室にベッドを置くので」
「ああ、なるほど。たまにこっちで一緒に寝るくらいならいいですね」
そうだ、もし一緒に住むまでには至らないとしたって、亜紀の空間があってもいい。
オフィスへの道を歩きながら、「嫉妬か」と思う。嫉妬? そうだ、してもいいはずだがしていない。だって、相手がレイラだから。とことん面倒な相手ではあるが、そういった意味では逆によかったのかもしれない。冷静でいられる。心寧に関しては、緒方とのことを亜紀から聞いているし、なにより自分はあの台詞を信じている。
心寧さんは、おともだち。
ほかのことでごまかしや嘘があろうとも、なぜかそれは信じられた。
以前の自分なら、最も疑っていたかもしれない言葉のはずなのに。まだ付き合っていなかったあのとき、亜紀は自分に身体だけを差し出してくれたのではないか、と考えていた。
でもいまなら。いまなら、身体だけではなかったのだと思える。
「ベッドと、お祝いでいただけるキャビネットはオーケー。あと必要なものは……」
新しいベッドを見た亜紀が「わあ」とか言いながら喜んでくれる瞬間を想像し、とても幸せな気分になった。
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